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2016/05/01

【和訳】明大レペタ教授が警告する『自民党憲法改正案の最も危険な10の項目』(総合リンク集) #自民党改憲案を総点検


Japan’s Democracy at Risk – The LDP’s Ten Most Dangerous Proposals for Constitutional Change 危機に瀕する日本の民主主義 自民党憲法改正案、最も危険な10の項目

Lawrence Repeta
The Asia-Pacific Journal: Japan Focus, Vol. 11, Issue 28, No. 3, July 15, 2013.
『アジア太平洋ジャーナル: Japan Focus』Vol.11, Issue 28, No.3, 2013年7月15日掲載

Togetterまとめ版

  1. Rejecting the universality of human rights(普遍的人権の拒絶)- 前文
  2. Elevating maintenance of “public order” over all individual rights(公序の維持が個人の権利に優越)- 12条
  3. Eliminating free speech protection for activities “with the purpose of damaging the public interest or public order, or associating with others for such purposes”( 「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることを認めない」ことによる言論の自由の封殺) - 21条
  4. Deleting the comprehensive guarantee of all constitutional rights( 包括的な憲法上の権利保障の一斉削除) - 97条
  5. Attack on the “individual” as the focus of human rights(人権の主体を「個人」から「人」へと移すことによる権利の侵害)- 13条
  6. New Duties for the People(国民の新たな義務の制定)- 新3条
  7. Hindering freedom of the press and critics of government by prohibiting the “wrongful acquisition, possession and use of information relating to a person” ( 「何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない」とすることによる報道の自由及び政府批判の封殺) - 新19条2項
  8. Granting the prime minister new power to declare “states of emergency” when the government can suspend ordinary constitutional processes( 政府による通常の憲法プロセスの停止を可能にする「緊急事態」の宣言を行う新たな権限を総理に付与) - 新98条
  9. Changes to Article Nine(憲法九条の修正) - 新9条
  10. Lowering the Bar for Constitutional Amendments(憲法改正発議要件の緩和) - 新100条
  11. Final Comments(おわりに)


2015/10/11

【和訳】「これがハスミトシコへの私の答だ」と英国人アニメーターがカウンター #そうだ支援しよう


難民危機 - 子ども達を守れ
Refugee crisis – save the children


今日、私の頭は、ある「人種差別的」だと言われる日本の漫画イラスト画像のことで一杯だった。最初は、ジョー・サッコ(Joe Sacco)のような"天才的な"アーティストが描くような差別的な描写なのだろうと思っていたが、その漫画イラスト画像は、明らかに元の写真では笑みを浮かべていない少女がベースになっていた。だがイラストの方では、ニヤつくような描写があった。これは何か独特なスタイルなのかと思っていた。

そのイラスト画像は、この記事の一番最後に載せてある。

後になって、イラストの日本語のテキストを翻訳した記事を読んで、嫌悪感で一杯になった。あまりに一杯で、自分のメッセージとともにイラストを自分で描き直さずにはいられなかった。

その結果がこれである。

ウィルソン氏のオリジナル・コラ画像(英語版)

ちまこ氏による和訳貼り付けコラ画像

このイラストは、6歳の女の子ジュディ(Judi)の写真を元にしている。漫画らしいスタイルを残そうとしたが、元の[写真]により同調的な仕上がりになっていればと思う。

このとても小さな女の子は、テントの街にいる。彼女がそこにいるのは、彼女の家族が、彼女を戦場から離そうとしたから。彼女自身がそう選んだからではない。彼女には、同情や憐れみ、そしてリスペクトが寄せられるべきであって、ハスミ氏が行ったような無粋な嘲笑の的とされるいわれはない。





グラスゴー(スコットランド)では、スコットランド議会のハムザ・ユサフ(Humza Yousaf)議員がよく、難民を歓迎すべきだと主張している。




私には、これは私たちの道義的な責務であり、文明国としての責任だと思える。それ以上に、EUでの国民投票が、前回の選挙の時のように、移民問題に落とし込まれないようにしなければならない。

難民危機は今後、何年ものあいだ続くだろう。これは、私たちが欧州の中にいるか外にいるかの問題ではなく、またブリュッセルで大規模な改革を実施する機会を失うからだとか、EUというプロジェクトを棄てて欧州各国で同盟を作ろう、とかいう話でもない。

私たち [欧州市民]は、(1)差別主義者や偽善者に議論を支配させてはならず、(2)戦争の被害者に対する適切な対応を主導し、(3)救いを求める人びとに対して常にオープンでなければならない、ということなのである。


オリジナルの宣伝(advert)では、こんなことが日本語で書かれていたらしい。




アーティストのハスミトシコは、Change.orgのキャンペーンを受けて、画像を削除した。だが、本当の侮辱は、イラストよりもその文の内容にある。文の内容を把握すると、イラストの存在意義は全く異なるものになる。女の子の表情がはっきりしすぎているし、にやつきすぎている。きわめて失礼な描写なのである。

「それでも私は、何があっても謝りません」
と、ハスミ氏は言う。

「日本とは違って、海外では自分の過ちを認めたら必ず法廷闘争で負けるからです。」
ハスミ氏はさらにこう主張する。

「このイラストは、全ての難民を否定するものではなく、本当に救われるべき難民に紛れてやってくる、より安全でより快適な生活を外国の地に求める偽装難民を揶揄したものです」と。

一方で撮影した写真家は、「シリアの人びとの窮状を貶める恥ずべき誤った表現だ」とし、「無垢な少女の子どもの肖像が、このような邪な偏見を表現するのに用いられたことに衝撃を受け、深い哀しみをおぼえる」と述べている。

日本はシリア難民は受け入れないが、シリアやイランの難民支援のため8.1億ドルを拠出することを約束した。昨年難民申請をした5000名のうち、認定されたのは11名だったという。

これはただの[支援の]始まりであって、私の日本の友人たちの多くは、この危機を打開するためにもっと為されるべきことがある筈だと感じていると思う。勿論、日本がもっとも影響を受けている国々を支援しようと考えることは間違ってはいない。


しかしハスミトシコには、疑問符のつく行動が見られる。とくに二次大戦中、日本に訪れた朝鮮人女性について、相当ネガティブなことを書いてきた。

救いは、日本でこのことに対する怒りが爆発したことだった!




Original post by: Tim Wilson
Translated by: Office BALÉS

2015/09/21

転載:ミドルズ時代『別冊宝島』の緊急出版本『集団的自衛権が発動される時』に掲載された記事

『戦争法案に反対するミドルズ』(MIDDLEs)のスタッフだった頃、立ち上げて1か月ほど経った時に突然、『別冊宝島』のライターから取材の申し込みがあった。ムック本が緊急出版されるという話で、そのためにSEALDsと一緒にMIDDLEsも扱いたいのだという。ところが、書籍の主旨を聞いて驚く。なんと保守・リベラル、賛成派・反対派の論客を集めて「集団的自衛権」について論じる内容だという。それなら私も論客の一人に加えてほしかったが(笑)、残念ながらSEALDsに続いて活動を始めたMIDDLEsとしての取材だというので、快く応じた。1か月後、こんな立派な本↓ができあがっていた。
























しかも目次を見てさらにたまげた。そうそうたる論客(青山繁晴を除いて)で、安保法制の2法案全文も巻末付録として記載されている。資料としても一級の出来。ご覧の通りの重厚な内容だ。↓

そんな内容の中に、SEALDsの運動を扱った全体6ページのセクションがある。ひじょうに読み応えがあるので、SEALDsに関心のある方には是非読んでもらいたい。


以下、上記のハイライト部分を含めた全体の一部を、著者の許可をいただいて全文転記する。私にとっては、MIDDLEsの一員として突っ走った約2か月の一つの痕跡として残った。以下、青文字部分が私の発言と取材部分。それにしても、きれいな言葉にまとめてくれるものである。流石はプロ。

学生たちの生の声が一般の人たちの心を動かした

 SEALDsとはStudents Emergency Action for Liberal Democracy-sの略で、「自由と民主主義のための学生緊急行動」である。彼らのいちばん大きな特徴は、代表者がいないことであろう。SEALDsの顔として明治学院大学の奥田愛基さんが知られるが、彼は代表者ではないのである。
 FacebookTwitterなどのSNSを通して、自らの考え方を発信し、共感する人たちがフォローしたり、DMを送ったりすることで繋がっていった。情報共有はグループLINE。200人前後がいまSEALDsとして活動しているというが、メンバーの名簿などは存在しない。
 そんな彼らのデモでは、「守る」という言葉が多く語られている。冒頭のコールの他にも、“子どもを守れ”“未来を守れ”というのものもあるのだ。
 デモは破壊活動、というのがある種のイメージであった。それが、守るために集まり、声を上げている。15年安保闘争を主導する学生たちは、いまの平和を守りたい、という思いが強いのであろう。

以前の安保闘争では主語は「我々」だったが
現在は「私」となり、個人の意志を主張

 そして彼らの大きな特徴は、名前と所属大学、年齢を明らかにして、一人称で語ることでもある。以前の安保闘争では「我々」だった主語は、「私」となり、個人の意志を表明するのである。そして、スピーチの最後には「私はこの戦争法案に反対します」と、再度個人として語るのだ。

「個人情報を自ら明らかにすることは、現代社会では大きなリスクです。実際に、彼らの情報はネットを探れば驚くほど集められる。中には心ないものも多い」
 と言うのは、SEALDsに触発されることで生まれた、ミドルズの勝見貴弘(42歳)氏である。ミドルズとは、ミドル世代のことで、学生よりも社会経験があり、でも、社会的立場があって表立って行動するのが難しい世代の集まり、である。
「学生はまさに私たちの子どもの世代。彼らが立ち上がらなければならなかったのは、私たちがそんな社会を作ってしてまったからです」
 ミドルズもSNSを使って人を集めている。もちろん、名簿もない。
「子どもにたちに子どもを守れと先に言わせてしまった。未来を守れとも言わせてしまった。安保が必要かどうか、それよりも、まず明らかな憲法違反の法律を通すわけにはいかない。手続き論ですが、憲法を守れ、そこからはじめていきたい」
 一歩先んじてママの会も発足し、SEALDs自体も全国に拡大。高校生の団体も加わった。大きなムーブメントになりはじめているのは事実であろう。その証拠に、8月23日、SEALDsが中心になって呼びかけた、『戦争法案に反対する全国若者一斉行動』は、なんと全国で64か所で行われた。各地で学者や法曹関係者、政治家、そして若者たちがスピーチを行い、街をデモ行進したのである。会場のひとつ表参道では、6500人が集まったのだ。


2015/07/22

コラム:そろそろ「国民の安全保証」の話をしよう Time to discuss 'national security'

※原文は英語です。タイトルをクリック↑

Introduction

はじめに


今日の日本国民は、国の内と外からの二重の脅威に晒されている。国の内側には大多数の国民が反対する法制を推し進める政府があり、民主主義社会への脅威となっている。国の外側では、私たち日本人にとって決して誇れないい負の遺産を盾に、国内の政治的不満の解消のために反日を利用する”非友好的”な隣国や、非軍事的な活動を装った軍事戦略を展開する国があり、国家安全保障上の脅威となっている。これらの脅威は合わせて、日本国民に対する純然たる脅威を形成している。

そろそろ、私たち国民にとっての安全に対する脅威(threat to national security)とは何か、そして国民の安全保証(national security)とは何かを、あらためて定義する必要があるのではないだろうか。

政府がこれを語る時、彼らは私たち国民の安全保証よりも、国家の安全保障(state security)の文脈で語る。政府にとっては、安全保障(security)とは、領海・領空の確保や防護であり、経済的・地理的意味合いを含む。国民の安全や福祉(safety and welfare)よりも、領土保全(territorial integrity)が、まず念頭にある。



Safety vs. Security

「安全保証」と「安全保障」


政府の第一義的な役割は、国民と生命の財産を守ること。これは既定の事実である。しかし現在の日本では、国民が「安全」(safe)と感じることと、政府が「安全」(secure)と感じることの間で、大きな溝が広がっている。しかも、日本語ではあくまでいずれも同じ文脈で、でも異なる意味で、「安全」と表現される。

現在の政府にとっての「安全」とは、情報の流れを統制し、自らが定義する「反社会的な活動」から公共秩序を守り、ヒト・モノ・アイディア、そして思想信条までを統制することを意味する。彼らにとって「安全保障」とは、国境の管理であり、領土保全が為されることを意味する。

政府にとって「安全」とは「統制」(control)なのである。

私たち国民にとって「安全」とは、食糧について安全と感じること、権利を自由に行使できること、不平・不満を自由に述べられることを意味する。国民にとって「安全」とは、十分な情報を検討した上で選択する自由(informed choice)が保証されること、自分や自分の家族の健康に影響するような事態から自主的に避難する自由(freedom of movement)が保証されること、テレビやインターネット、教育などによりプロパガンダ的な有害な情報を注入されない自由(freedom of information)が保証されることを意味する。

私たち国民にとって、「安全」とは「自由」。恐怖や欠乏からの自由(Freedom from fear or want)なのである。

つまり、「安全が確保された社会」(secure society)を作りたい政府の思惑と、「安心・安全な社会」(safe society)を求める国民の気持ちは、その起点からして真っ向から衝突している。「統制」(control)は「自由」(freedom)は全く噛み合わない。むしろ双極にある。国民の求めること(需要)と、政府が提供できること(供給)は、全く一致していないのである。政府が私たちに与えようとしていることは、私たち国民にとっては二の次、三の次なのある。
では、どのようにしてこのギャップを埋めるのか。

Learning the Facts

事実を知ることから始める


まず私たち自身で、「国民の安全保証」('national security')とは何かをあらためて定義する必要がある。そのためには、「国家の安全保障」(state security)の観点からも、何が必要で、何が必要でないかを判断できる必要がある。

政府の側では、何が国民の利益かという観点から、国民にとって何が必要で、何が必要でないかという判断を理解し、受け入れ、これに基づいて行動する必要がある。つまり、政府の側にも「宿題」があるように、国民の側でも「宿題」をこなしておく必要がある。

国民はせめて、国家の安全保障を維持するの必要な最低限の国防態勢(defense posture)とはどのようなものかを理解する必要がある。

たとえば、日本には”軍隊”は必要なのか。より正しい言葉と実際の日本固有の運用でいえば、”自衛隊”は必要なのか?在日米軍とともに、私たち国民を守り、脅威を抑止し、領土を保全する自衛隊は必要なのか?ここで、自衛隊が合憲か否か、或いは日米同盟(日米安保)が合憲か否かの原則論に埋没すべきなのだろうか?

それとも、少し議論を前進させて、現在の日米安保の枠組みの中での自衛隊の国防態勢は適切かどうかを議論すべきだろうか?現在の枠組みでは、日本は国防の第一義的な責任を負うが、在日米軍に日本を守る義務がある一方で、日本には米軍を守る義務がない。米軍は独自に戦う必要がある。米軍が攻撃されても、日本は米軍を守れない。これは適切なのかどうかを議論すべきだろうか?

私たち国民が許容できる「国防」(national defense)の境界はどこまでなんだろうか?私たちにとって一般的に、平均的に、受け入れることのできる「国家安全保障」(state security)ってどの程度のものなのだろうか?

私たちは果たして、こういう事柄について本質的な国民的議論を行ったことがあるのだろうか?

以下は、私たちを取り巻く一連の安全保障上の事実の数々である。

【事実】


  • 1945年10月 国連憲章が発効。第51条に個別的自衛と集団的自衛の権利が主権国家の自然権として記載される。
  • 1950年08月 警察予備隊が組織される。
  • 1951年09月 旧日米安保条約が締結される。
  • 1952年10月 警察予備隊が保安隊に改組される。
  • 1954年07月 保安隊が改組されて自衛隊が創設される。
  • 1957年12月 砂川判決の補足意見として、最高裁が我が国の自衛権を認める。
  • 1972年10月 国会での政府答弁により集団的自衛権の行使は容認されないことが確認される。
  • 1992年06月 PKO協力法が施行され、自衛隊がPKO三原則に基づき国連の集団安全保障措置に参加できるようになる。
  • 2001年10月 国会でテロ特捜法が成立し、アフガニスタンで展開する「不朽の自由作戦(OEF)」の一環で海上阻止行動(MIO)に参加する他国艦艇に対し、海上自衛隊による補給支援の実施が開始される。
  • 2004年01月 陸上自衛隊が初めて戦地(イラク)に派遣される。
  • 2004年06月 武力事態対処法(有事法制関連7法)が国会で成立し、半島有事や台湾有事に対応する周辺事態対処法制が整備される。
  • 2007年03月 防衛庁が防衛省に格上げされる。
  • 2007年03月 中央即応集団(CRF)が創設される。
  • 2007年07月 政府が国際刑事裁判所(ICC)設立条約(ローマ規程)に加入し、ジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する罪について、ICCの管轄権を受託する。
  • 2009年06月 ソマリア沖の海賊に対処するための恒久法として海賊対処法が国会で成立し、多国間協力として海上自衛隊がアデン湾に派遣される。
  • 2014年07月 集団的自衛権の行使を容認し、国連及び国連以外の機関に承認された活動に参加する武力行使権限の拡大を容認する閣議決定が行われる。
  • 2015年07月 国会衆院で与党単独採決により11法からなる安全保障法制案が可決される。←イマココ

覚えておくべきポイント:
  • 自衛隊の合憲性に関する議論は決着していない。
  • しかし現行の法制度では自衛隊は:
    • PKO以外の任務では部隊行動基準(交戦規定)を適用できない。
    • 軍事裁判所を持たない。
    • 他国を攻撃する戦力を保有しない。
    • 同盟国が攻撃されても迎撃できない。
  • そして憲法上、日本は:
    • 戦力を保有できない。
    • 交戦権を認められていない。
    • 国際紛争の解決のために、武力を行使したり、或いは武力による威嚇を行ったりすることができない。
    • 集団的自衛の権利を有してはいるが、行使はできない。
  • 今日に至るまで自衛隊は:
    • 米国主導のOEF-MIOに参加するためインド洋に約9年間海上自衛隊を派遣していた(アフガニスタン)
    • 米国が統治する戦闘地域に1度だけ約3年間派遣された(イラク)
    • 2008年以降、海賊対処のためアデン湾に海上自衛隊を派遣している。
    • ○以下の国で、約15件の国連支援ミッションに参加してきた。
      • カンボジア (UNTAC)
      • モザンビーク
      • ルワンダ
      • ゴラン高原 (UNDOF)
      • 東ティモール (UNTAET/UNMIT)
      • アフガニスタン
      • イラク
      • ネパール (UNMIN)
      • スーダン (UNMIS)
      • ハイチ (MINUSTAH)
      • 南スーダン (UNMISS)
    • 緊急災害救援活動として、以下の国に派遣されてきた。
      • インドネシア (スマトラ津波災害援助/エアーアジア救命捜索)
      • パキスタン (地震災害援助)
      • ハイチ (津波災害援助)
      • フィリピン (台風災害援助)
      • マレーシア (ML370機航空機事故捜索援助)
      • ホンジュラス (ハリケーン災害援助)
      • トルコ (地震災害援助)
      • インド(地震災害援助)
      • イラン (地震災害援助)
      • タイ (地震/津波災害援助)
      • ロシア (潜水艇事故援助)
      • ニュージーランド(地震災害援助)
      • ガーナ(エボラ出血熱輸送援助)

これが、「自衛隊」という、我が国固有の防衛力を持つ実力組織がどのように実際に運用されてきたかの軌跡だ。更に、国内でも、阪神淡路大震災や、東日本大震災で災害救援活動を行ってきたことも忘れてはならないだろう。

「自衛隊」が合憲か違憲かにかかわらず、我が国が、実力のある、効果的で信頼のおける防衛組織を保有することは事実。そして自衛隊が、潜在的な脅威から何度も国土を守り、現在も在日米軍で併せて日本の主権と領土を守り続けているのは事実である。

これらは全て、ただの既定事実である。

Questions that remain unanswered

答えられていない疑問


新安保法制では、この自衛隊の任務、活動範囲、能力、そして米軍との相互運用性を拡大することについて、以下の疑問が投げかけられている。
  • まず必要なのか?絶対に必要なのか?
  • コストやリスクに対するメリットは高いのか?
  • 何が変わり、何が変わらないのか?(参考)
  • 南シナ海や尖閣諸島等の懸念のある地域の現状を変えることにといてどれほど有効なのか?
  • 今の子どもたちが成長した時、将来どのような影響があるのか?徴兵は実施され得るのか?

政府与党は、国会で110時間以上も審議しても、90分間の生番組に出演して、炎を模したアメーバのような物体を駆使したジオラマを使って、これが国際情勢で、安保法制を適用することで火は集団的に消し止められなければならないと、全ての質問に総理自らが答えても、これらすべての疑問に対する明確な回答は未だ得られていない。



政府与党は、野党が国会で違憲性に関する審議に集中し過ぎたため、国民の十分な理解が得られていないと野党の責任にしている。政府からすれば、違憲性の審議は外堀的な価値しかなかった。しかし、違憲性こそは、これだけ物議を醸す重要法案の入り口の議論として不可欠であり、そこでは反論の余地のない政府答弁がなされなければならなかったのに、政府にはそれができなかった。与野党が招致した参考人は全て、安保法制には違憲な部分が幾つもあり、違憲であると判断せざるを得ないとした。

結果的に、審議は野党の同意なく110時間で打ち切られ、与党は委員会で強行採決を行い、本会議で可決した。このプロセスに、野党や国民のコンセンサスは得られていなかった。最新の世論調査では、最低でも全体の六割以上(実際は八割以上という説も)が、法案の審議や説明は不十分で、採決は時期尚早だという声を占めた。その結果として、累計20万人もの人々が国会議事堂や自民党本部前に陣取り、毎週のように抗議を行っている。


この国民の強い不満を和らげるためには、政府は今後56日以内に、少なくとも以下の5つの疑問に応えなければならない。
  1. なぜ必要なのか。
  2. どのようなコストやリスクが伴うのか。
  3. 短期・中期・長期的にどのような影響が想定されるのか。
  4. 現在の紛争の解消にどのようにして役立つのか。
  5. 国民の生活にどのような影響が長期的に想定されるのか。


2015/06/09

緊急転載: 被爆者の証言を取材したアメリカの9歳の少年が安倍首相に宛てた手紙(2015/6/14更新)

ある被爆者の証言から広島・長崎原爆投下の現実を知ったアメリカの9歳の少年が、安保法制の制定にひた走る安倍総理に最近宛てた、切実なるお願いの手紙。毎日新聞も取り上げたその手紙の全文転記です。是非読んでみて下さい。(※誰でも読みやすいよう文字を大きめにしてあります。)

原水協サイトより)※非公開前のキャッシュの記録はコチラ (6/14追加)


安倍総理へ

僕の名前はローレンツ ルイスです。

9歳です。

ニューヨークのマンハッタンに住んでいます。

土曜日は日本語の補習校に通っています。

僕は7歳のとき、ワシントンDCにあるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)記念博物館に行きました。そこで第二次世界大戦中のユダヤ人の悲しい歴史を知りました。僕はどうしてこんなひどい事が起きたのか知りたくて 勉強していくうちに、広島と長崎に原爆が落ちたことを知りました。僕は原爆の事を知りたくて、お母さんに原爆の本を買ってもらいました。

その本には原爆の種類と広島と長崎に原爆を落として戦争が終わったとしか書いてありませんでした。

もっと知りたかったので、僕が8歳の時に広島に連れて行ってもらいました。

そして広島平和記念資料館に行きました。僕は怖かったけどしっかり見ないと本当のことがわからないので勇気を出して見ました。

とても恐ろしい写真がたくさんありました。こんな事が本当に69年前にあったのか信じられませんでした。
そして原爆よりも 250倍も大きな力がある核のことも知り、その核爆弾は世界にたくさんある事も知りました。

ニューヨークに帰って来て、こんなにひどいことがあった事を知っているかクラスのみんなに聞きました。
でも誰も知りませんでした。

僕のクラスメートの半分はアメリカ人で半分はヨーロッパから来ています。

みんなが知らないという事は、世界中の子供達は原爆の事を知らないかもしれないと思ったら、とても悲しくなりました。

僕はあまり話すのが上手ではないので、どうやったらみんなに広島や長崎のことを知ってもらえるか考えました。

考えた結果、子供にも分かりやすいように原爆を説明して、僕の願っている『戦争のない世界、核のない世界、国と国とがお友達になる平和な世界』を伝える本を書きたいと思いました。

そしてその本を買ってくれたお金で、広島と長崎の本を買って世界中の小学校に寄付しようと思いました。

勉強していくうちに分からない事がでてきたことと、本当にこんな事があったのか確認するために、ニューヨークの国連に来ている被爆者と、被爆者の心の治療をしてきたお医者さんに会いました。

どのくらい熱かったのか聞きました。

鉄は3秒で溶けました。

人の皮膚や肉も3秒で溶けました。

魚を焼いて魚の皮が黒くなるまでに3分はかかります。3分は180秒なのでどのくらい原爆が熱いのか分かります。しかもいくら魚を焼いても肉は溶けません。

どんなに痛かったのかも聞きました。

痛みと感じる限界を超えていたそうです。

被爆者の谷口さんは、傷が治っても痛みで70年間1日もきちんと眠れた事がありません。

谷口さんは、傷口にハエが何百も卵を産んで、あっという間に卵からウジ虫が出て来て、そのウジ虫が自分の体の中に入っていくのも見えたし、 腐った肉を食べられている痛みも感じました。

僕は、動けばハエも逃げるのにどうして動かなかったのか聞きました。

「痛すぎて1ミリも動けなかったし、そんなことを考えられる気持ちもなかった」と答えてくれました。

もし僕の体を虫が食べていたら、気持ち悪いしとてもこわいです 。そんなことも考えられないというのはどんな状態なのか僕には想像が出来ません。

やけどでボコボコになっている背中や、骨が腐って変形している胸や、 腐った骨と骨との間に食い込んで動いている心臓を見せてもらいました。

僕はそれを見て怖くて近づけませんでした。

谷口さんは何も悪い事をしてないのに、どうしてこんなにつらい人生を送らなければいけなかったのかとても悲しくなりました。

被爆者の心の治療をしているお医者さんは、 「被爆者達が今話している事は本当にあった事の10%しか話していないんだよ 。あまりにもひどすぎる経験をしているから全部は話せないんだよ」と教えてくれました。僕はこれが10%なら、もし100%の話を聞いたらどんなに恐ろしい話になるのか怖くなりました。

国連に行った次の日(4月28日)、クラスのみんなに国連で被爆者に会ったことを発表しました。

はじめに「広島と長崎の原爆を知っている人はいますか?」とクラスのみんなに聞いたとき、誰も知っている人がいなくて、悲しくなってきて目に涙がたまってきて声がふるえてしまいました 。

5月7日にもう1回クラスのみんなに発表する時間を作ってもらいました。

僕は、今度は原爆の本当のことを伝えるつもりでした。

でも途中で校長先生に止められてしまいました。

それでも最後に「僕は戦争のない平和な世界にしたいです」とみんなに伝えました。まだ話したかった事の5%しか話していなかったので、最後まで発表したかったです。

安倍総理が、日本の自衛隊を戦争に参加出来るように法律を変えようとしていると聞きました。僕は「そんなの絶対にウソだ!」と言ったら、お母さんは日本のニュースを見せてくれました。ウソではありませんでした。僕は本当に信じられませんでした。

70年前、広島や長崎の人たちは虫を殺すように殺されました。僕は虫も殺せないのに。僕たちの平和な未来のために死にました。戦争がどんなに恐ろしいのかを証明して死にました。

日本の自衛隊が戦争に参加する事になったら、何のために戦争でたくさんの人が苦しんで死んだの?何で同じことを繰り返すの?

日本は原爆を落とされた唯一の国だから、「戦争は絶対にいけない!」と世界のみんなに言い続けていくリーダーの国です。もし日本が戦争に参加したら世界のみんなは「日本も戦争に参加しているし、僕たちの国も戦争をしてもいい」と思ってしまいます。

それは世界に「戦争をする事は悪い事ではなくて良い事です。人を殺すのは良い事です」と言っているのと同じです。そして日本が戦争に参加することになったら、世界中の国がどんどん戦争をはじめて、地球は戦争の世界になってしまう。

そして地球はなくなります。

世界平和のために、日本は絶対に戦争に参加してはいけない国なのです。

戦争は人を殺す事です。全てのものをこわします。戦争は何の問題も解決しません。それどころか戦争はとても大きな問題を作るだけです。

世界中の子供達は 原爆や戦争の怖さを知りません。でも本当の怖さを知っているのは日本人だけです。そして世界が平和になるために、戦争の本当の怖さを伝えるのも日本人しかできません。日本はいつまでも世界のお手本でいなくてはいけません。

日本人が平和の大切さを訴えることは世界で一番影響力があります。

安部総理が世界のリーダーになって『戦争のない世界、国と国がお友達になる平和な世界』を訴えてくれる一番力のある人だと思います。

戦争で死んだ罪のないたくさんの民間人や兵士の死を無駄にしたくないから僕は戦争の怖さをにんなに伝えたいし、もう二度とこんなことが起きないように戦争は絶対にいけないことをアメリカで伝えます。

でも、僕の力はとても小さいです。

安倍総理、どうか僕の願いをかなえてください。お願いします。

ローレンツ ルイス  9歳 小学4年生




■2015.06.12追記 要約文の存在を確認


11日付けの『岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞』によると、この手紙の要約版が、6.11の国会前集会で読み上げられたそうです。政党代表の挨拶で、日本共産党の藤野保史(ふじの やすふみ)衆議院議員が読み上げたのだとか。

『憲法便り』によれば、藤野議員は、ルイス少年が手紙を託した日本被団協の方から、演説の当日にこの要約版を受けとったのだそう。上記のように全体は13頁もあるところを、被団協が演説用に要約したみたいです。直筆のメモもありますね。最後の、「これが世界の声じゃないでしょうか」という走り書きは、演説の締めの文として議員が自ら足されたのでしょう。

■2015.06.13追記 原文の存在の調査

当ブログでは、原文(英語の想定)の存在を確かめるべく、ブログ転載当初から、ローレンツ親子のあらゆる綴りを想定してネット調査を行ってきました。しかし、ローレンツ親子が全くの一般人のせいか、サーチにはまったく引っかかりませんでした。したがって、13日現在、(英語)原文の存在は確認できていません。

当初、”原文”と思われる文書は原水協のページにPDFとして掲載されていましたが、現在は掲載されていません。その後、こちら①と、こちら②の個人ブログに転載されていたのですが、ブログのオーナーに確認したところ、①の方は、”転載元”から「非公開で」とコメントがあり、非公開にしたそうです。この”転載元”が、②の個人ブログなのか、それとも原水協なのか、或いは被団協なのかは、憶測の域を出ません。②の方には、現在のところ確認がとれていません。

06.14追記)①の方が当ブログをご覧になり、以下コメントを下さいました。

「①の私の所に来たコメントは原水協の個人名の方です。非公開にしたので同じく非公開でという内容です。私のブログだけでも2〜3000の訪問者だったのでルイス少年を思い遣っての処置だと私個人としては思っています。」

ただ、ルイス少年に関する過去の報道記事を遡ったかぎりでは、ルイス少年は母親のケイさんの力を借りて、なんとか本を出版してみたいと考えていることがうかがえます。



これは憶測の域を出ませんが、もしかしたら、被団協や原水協は、ローレンツ親子の出版の意思を尊重して、出版前の「手紙」の全文は一般公開しないことにしたのかもしれません。だから、国会前の演説でも、要約版のみが共産党の議員に示されたのではないかと考えることもできます。


■当ブログの方針



本日(2015.06.13)に至るまで、『ルイス』少年の『手紙』をこのブログ及び他の媒体に転載し、このブログに至っては17,000件以上のアクセスを頂いていますが、”転載元”より「非公開に」というコメントはいただいていません。もしかしたら、自主的に非公開にすべき、という選択肢があるかもしれません。しかし、当ブログは、できうる事実確認の作業は行っているという前提で、ルイス少年の書いた『手紙』は実在し、そこにはルイス少年或いはローレンツ親子の並ならぬ思いが込められている、いう認識のもとで、この記事の公開を継続してゆくことを選択し続ける所存です。

2015/02/02

【緊急コラム】邦人人質全員死亡事件: 政府の反省・責任は?どうやって責任を問う? #IamNotAbe #IamKenji

自衛隊の活用 首相が意欲 現実味薄く、自民も慎重

ハコモノ行政マインドを脱せよ

東京新聞(1日)
だからさ、自衛隊の能力云々じゃないんだよ。今回の件だって、ヨルダンは特殊部隊を派遣することができたわけだ。 それをずっとしてこなかった。なぜだと思う? いくら普通の国でも対象国の了解と協力なしに地上部隊を派遣することなんてできないんだよ。 その外交力が日本政府にあるか?
アルジェリア人質事件を教訓に 日本政府は 日本版国家安全保障会議を作った。それが今回の何の役に立った? どう司令塔の役割を果たしたというのだ。 ヨルダン政府に対して戦略的に日本の要求を通すことができたか?できなかったろうに。 文民政府の人の質に問題があるんだよ。
いくら強行的に実力を行使する手段を持っていても、 それを指揮する文民側が危機管理能力も、緊急対処能力も、交渉力もろくに持ち合わせていない状態では、 宝の持ち腐れにすぎないんだよ。 即応部隊は政治家の点数稼ぎのための道具じゃないんだよ。具体的な戦略あって初めて機能するんだよ。
在外公館の強化は麻生政権の時代から自民党はやってきたんだよ。 それでも形だけの数合わせの強化で結局のところ 情報収集能力は向上してない。 今回のような事件でまず鍵となるのは 情報処理能力だろうに。現地のインテルが確実だからこそ部隊が有効に機能する。その"お膳立て"が必要となる。
このお膳立てを行うには 地元に根ざしたヒューミントのネットワークが必要。 在外公館の警護能力を強化すればいい話ではない。まさに地道な地に根を下ろした活動が必要。その殆どは非軍事。即応能力があっても使える環境を整備しなければならない。その能力が決定的に無いことが今回判明した。
軍事対応や軍事力を見せつけることが敵への有効な抑止力となると思ったら大間違いだ。 そんなんだったら中東の「普通」の国々は今頃イスラム国を壊滅させている。人質交渉だって長引かせない。問われるべきは指揮をとる文民政府の能力で部隊の即応力ではない。国会議員はこれを踏まえて議論せよ。
対応のオプションを拡げるのは賢明な措置ではある。だが、状況に対して有効なオプションであるかを判断する能力が指揮する側に必要になる。これは指揮統制する側に訓練とプロトコルの確立が必要だということだ。日本版NSCは全く役立たずな代物だった。まずはその反省に立つ必要がある。 
「私たちが今、やらなければならないのは、イスラム国へのヒステリーを起こす事ではない。この間、政府がどんな交渉をしていたか、安倍政権がどんな意図でどう動いたかをきっちり検証することだ。」田部祥太

交渉を妨害し後藤さんを見殺し! イスラム国事件で安倍政権が犯した3つの罪

邦人二名死亡の最大の責任は政府にある

リテラ(2日)
昨晩は激しい憤りに任せて政府の怠慢を書きなぐってしまったが、今朝リテラの記事を読んで平静を取戻し、あらためて今回の悲劇の最大の要因が日本政府の失策にあることを確信した。犯罪者集団に実行の責任があるのは当然だが、問題は犯罪者にどう当局が対応したかにあるからだ。
通常の国内の誘拐事件でもそうだが、警察が明らかに尽力していることがわかれば批判は少なく評価が高くなる。今回の事件は、政府が火種を撒きつつ、自らの失策を挽回するに足る体制も方策もなかった。13年に日本版NSCを造り豪語したのにも関わらずだ。
国民二人も自らの失策により死なせておいて、それで「自衛隊が派遣できれば」という論理のすり替えを行うとは、それこそ『言語道断』である。私はこんな狂ったロジックで失策の責任も言明せず、経緯の検証も反省もせずに安易に実力行使一辺倒を宣う政権には”屈しない”。
「NSCはできて1年も経たないのだから期待し過ぎるのは筋違い」という主張も聞かれるが、構想に20年近くかけ、07年にも一度設立しかけているのだからそれなりの働きをすると期待して当然だろう。まして、邦人人質事件が教訓となって設立されたのだから猶更だ。
リテラによれば、安倍政権の犯した第一の失策は、対策本部をヨルダンに置き、ヨルダンを拠点に邦人救出を試みたことだという。これは合点がいく。ヨルダンは有志国連合の空爆に直接参加する数少ない中東三か国でISISからすれば仇敵なのだから。
しかもヨルダンは、邦人2名が捕まるはるか以前からパイロット解放の交渉をずっと行ってきていた。そこに付け込み、利用されるという不遇をヨルダンの人々にもたらしたのだから、まったく迷惑極まりない判断だ。この判断を行ったのがNSCなのである。
07年時にの20人規模よりも増強されて70人体制で発足し、安保PRで頼もしい礒崎安全保障担当首相補佐官を政治任用側のトップに、外務省の帝王の谷内元事務次官を据えたNSCは初の邦人人質事件で致命的な選択ミスを行ったのである。
結果的に日本政府はヨルダン国民に偽りの希望を与え、この機にパイロットの解放を公言したヨルダン国王に恥をかかせたことになる。これは後に、外交儀礼による謝意とは関係ないところで亀裂として表面化することだろう。そこも、ISISにしてやられた。
230億円という法外な身代金を要求したのも、ヨルダンに収監される死刑囚との交換を要求したのも、実現不可能と分かっていてのこと。真の目的は有志国連合に揺さぶりをかけることだった。新参者の日本はもとより、空爆に参加するヨルダンを揺さぶることが目的だった。
身代金支払いも捕虜交換も、米英のノーコンセッション方針に従えばどのみち実現薄だった。ところが、ヨルダン側は犯人側の真意を確かめるために死刑囚の解放を実現しようとした。ヨルダンは米英のくびきを離れ自己判断した。同盟関係にくさびが打ち込まれたのである。
ところがISIS側はもとより切り札のパイロットを解放するつもりはなかった(更に、既に死亡している可能性もあった)。結果としてパイロットの生存が確認できず、ヨルダンとの交渉は決裂し、故・後藤氏の解放は実現しなかった。日本・ヨルダン両国がISIS側に完全にしてやられた瞬間だった。
我が国は、安倍首相の陣頭指揮の下、テロに屈しないどころか、テロに完全に翻弄されてしまったのである。政府の初動のまずさのおかげで、人質解放の条件が劣化し、他国を巻き込むことになり、そして国民二名を死亡させたのである。
ないものねだりでハコモノ行政を展開した結果が、これである。国民2名の死亡と、テロとの戦いの同盟国との関係悪化である。今後、ヨルダンが日本の支援を受け続けるかどうかが、そのひとつの証明となる。国外の報道にアンテナを張ることだ。
外交判断は、当たり障りのない外交儀礼とは異なるところで冷徹に行われる。パイロット解放交渉の日本政府を挟んだ故のとん挫は、今後のヨルダンとの外交関係に間違いなく暗い影を落とすだろう。ヨルダンの有志国撤退もあり得る。かつてフィリピンがイラクでこれを行った。
またヨルダンだけでなく、他の有志国の間でも日本政府の評価は(外交儀礼による称賛とは異なり)地に落ちているだろう。13年のアルジェリア事件に加え、邦人人質殺害はこれで2件目。短期間に失態を繰り返し、その改善が全く見られていないのだから。
今回の事件により、日本の有志国連合の中でのポジションはかなり劣化し、ジュニアパートナー扱いを免れなくなるだろう。事実、日本政府は有志国連合に対する後方支援をしないと公言してしまった。これは参加する前に「いち抜けました」と表明するようなものである。
また情報の取扱についても、今回日本政府はその能力の危うさを露呈してしまった。ヨルダン政府とISISとの交渉が大詰めに入っていた時に、現地対策本部の責任者が「こう着状態にある」と交渉の状況を漏らしてしまったのである。これには流石に国際社会も呆れただろう。
これまで各国の交渉に関する発表内容を見ていても、言葉巧みに情報の露出を控えていることがわかる。状況が分かるような言葉は口にせず、逆に相手にゆさぶりをかけるようなハッタリもかます。そうして裏表を使い分けて交渉を有利に進めようとする。
ところが日本政府の当事者は、交渉の当事者でないせいかこの緊迫感が全くなく、つい「こう着状態にある」等と国際メディアに漏らしてしまう体たらく。秘密保護法があっても発表の場で情報を的確に扱えないのでは危なっかしくてしょうがない。日本の信頼失墜はもはや自明だろう。

政府責任をどう検証するか

対テロ戦”再”参戦を目論んで政権発足早々に制定された特定秘密保護法だが、これから国会審議等で威力を発する可能性がある。既に予算委審議でも「つまびらかには話せない」という表現が使われていると思うが、これは"外交上の機微"に触れる程度の情報である。
米上院外交委員会ならばここで秘密公聴会を開いていわば外交施策の失態に関する”査問”が行われる。リビア大使襲撃事件でペトレイアス元NATO司令官が査問されたように。NSCの人間が査問にかけられて然りである。それが責任履行アカウンタビリティーである。
国会の通常審議では「つまびらかには話せない」程度の表現で済むが、”外交安保上の機密”に触れるものとなれば、それは「国家安全保障上の問題で話せない」と述べることになる。そのベースとなるのが、特定秘密保護法である。
だが仮に、秘密保護法に触れるような問題であっても、それを国会が審査しないのでは意味がないし、三権の相互監視が成り立たない。国会には審査権があり、これを適用するにはまず秘密公聴会を与野党合意で開く必要がある。
安保法制や自衛隊派遣論議の前に、まず国民二名を死亡させた政府の責任を問う特別審議が国会でなされて然りなのである。常任委員会の委員長は全て与党が握っているので、特別委員会は野党が議長を務める体制にする必要がある。
野党は責任追及のための特別委員会の設置を提案するべきであり、通常の予算委員会等総理が出席する委員会では外交上の機微の問題だけで逃げられ、厳秘事項については秘密保護法で逃げられるので、”逃げられない場”の構築が必要である。
この検証では残念ながら全ての事実は国民には明らかにならないが、せめて国会内で十分に時間をかけて審議し、与野党がその内容に合意し、外に漏らさないことを保証できる。アメリカの秘密法制を模倣するなら、そうした枠組みも模倣してほしいものだ。形だけ真似ても意味がない。
与党が全ての情報を握り政府とツーカーで、国会に正当な審査を認めないのならば国会など不要である。与党の責任を問うために特別な場が必要なら、それを与野党合意のもとつくればよい。それが政治の行える本件の検証作業だ。何もかも公開で議論すればよい訳ではない。
そして、機密に触れない範囲の情報は適切に国民に開示する必要がある。それこそ、911検証委員会のようにである。福島原発事故後に国会で行った調査も、一般刊行物として出版された。同等レベルの情報開示、即ち透明性の確保が、秘密法制の健全な運用には不可欠である。
二人の邦人の命が失われたシリア邦人人質殺害事件の事後処理については、開示できる情報は開示し、整理し、検証し、そうして初めて、その反省から改善が促されなければならない。政府はもとより国会でもこの議論は十分になされていない。
そのような中で、自衛隊派遣や安保法制絡みの議論が先行するのは時期尚早である。国会議員は、国家の重大事案の後始末について、国としてどうすべきか、どう再発を防ぐべきかを慎重かつ綿密に検討し、結果を適切に開示する必要がある。
それが、二名の国民の尊い命を奪い、国際テロリスト組織にその利用価値をあらためて認知させた結果、全世界で不用意に安全を脅かされることとなった国民に対し、政治に携わる全ての者が課された最低限の説明責任である。

2015/01/26

緊急コラム:邦人人質殺害事件② #ISIS 最高指導者バクダディの狙いは金ではなく、最高権力の継承と拡大 #HarunaYukawa #KenjiGoto #ISIS

追記:ISISが後藤氏との交換による奪還を目指すサジーダ・アル=リシャウィ(Sajida al-Rishawi)死刑囚の素性については、CNNが特集記事を組み、日本のパートナーである朝日が既に日本語版記事も発しているのでそこで彼女の持つ重要性が把握できる。ここではCNNの記事に沿って追記する。


リシャウィ死刑囚は05年のヨルダンホテル自爆テロ事件で自爆テロに成功して死亡したの首謀者の妻で、妻の方はテロに失敗し当局に拘束され、06年死刑を宣告された。しかしなぜか同年特赦がおり、死刑は執行されず、13年12月に再開されたが、彼女の番はまだ回ってきていないという状況にある。

リシャウィ死刑囚は06年に米軍の空爆により殺害されたアルカイダの最高指導者だったアブ・ムサブ・アル=ザルカウィ(Abu Musab al-Zarqawi)の”右腕だった”男の妹である可能性が高いと、ヨルダン副首相のマルアン・ムアシャー(Marwan Muasher)はCNNに語った。元米軍デルタフォース司令官のJ・リース中佐(Lt. Col. James Reese)によれば、その男は現ISIS最高指導者であるアブ・バクル・アル=バクダディ(Abu Bakr al-Baghdadi)の妹である可能性があると考えている。



2014年2月に完全に分裂するまで、アルカイダとISISは一心同体だった。ISISの前身は2004年に設立されたアルカイダ・イン・イラクなのだが、ISISと別の内部組織アル・ヌスラ戦線との間で内紛が激化し、ついにアルカイダに絶縁を宣言され、ISISはアルカイダから独立した別組織として生まれ変わった。

その指導者となったのが、アルカイダ・イン・イラクの創設者であり最高指導者のザルカウィの側近だった、バグダディ司令官だった。ザルカウィにアルカイダが支配されていた頃に、リシャウィはおそらくザルカウィの命令で自爆テロを実行させられた。しかし彼女はテロ決行当時、自爆装置のついたベルトを着用しておらず、また夫は彼女とは反対外のアイルで、自爆時には場所を離れるように忠告したらしい。

つまりザルカウィは彼女を殺すつもりだったが、彼女の夫は自分だけ自爆するつもりだった。おそらく、彼女の兄で副官の命、あるいは願いに従ったのだろう。つまり、今回の捕虜交換・妹の奪還は、バクダディにとって私怨以外の何物でもないが、同時にアルカイダから分離独立した自身の最高権力の掌握・継承を示す儀式のようなものなのだろう。

アルカイダ時代にザルカウィに強要された妹による自爆テロ。そして囚われの身となった妹。彼女を取り返すことこそが、ザルカウィに対する私怨を晴らすことであり、自らがザルカウィを超える指導者となったことを示すことにも繋がるのだろう。

だからこそ、13年8月に既に殺害していた湯川氏は当然ながら眼中になく、後藤氏を取引材料として死刑執行直前の妹を取り戻すこの作戦には、バクダディ司令官の並みならぬ意思が込められていると考えるのが賢明だ。ただ同時に、時間的制約があり、万が一死刑を止められなければ、その時取引材料としての後藤氏は価値をなくす。つまりリシャウィの存命中が、日本政府の有効交渉期間となる。

更にバグダディはこの作戦をなんとしても成功させたいため、譲歩に応じる可能性もある。問題はヨルダン側で、有志国軍を主導する米英軍も決してバクダディの要求に応えようとはしないだろう。そして日本政府はそのことを十分承知している筈だ。この一件で存在感を示せば、有志国軍に加わりやすくなる、という位に考えているかもしれない。ヨルダンにも恩を売れる。

こうした背景情報を日本政府も把握しているのだとすると、後藤氏の奪還はますます遠い現実のように思えてくる。が、しかし。政府に捕虜交換の意思が無いと思えるからこそ、同胞を憂う国民が自ら行動を起こすしかないのである。各国様々な思惑が渦巻く中で、今の安倍政権ほど信頼できない政権はないのだから。

以上

緊急コラム:邦人人質殺害事件① あらゆる“テロ”を抑止すべく、国民が動くしかない #HarunaYukawa #KenjiGoto #ISIS #IAMNotAbe

ISISの若い工作員のツイートの片鱗から、片言の日本語ながらもその文意の中に驚くべき指摘が隠されていたことに気づいた。このツイートなんだが、彼は、「なぜ日本人は湯川氏が”事前に”殺害されていた可能性を疑わないのか理解できない」という趣旨のことを書いている。

> 正しい, 日本政府や日本市民がyukawaの殺害が前にされていたことを疑わないことが我々は理解しない 


つまり交渉前、身代金要求の例のお粗末な合成ビデオを公開する前に、湯川氏が殺害されていた可能性をなぜ検討しないのだろうという主旨の発言だと思う。これは重大な指摘である。そして、ビデオが合成されていることとも整合する。

つまり、あのビデオは生前の湯川氏と現在の後藤氏を合成したものであるということではないだろうか。72時間という、230億円を支払うのにはあり得ない短期間の条件も、そもそも支払われる訳がなく、既に処刑されている前提があればこその無茶な条件だった。そう、考えることができるのではないか。

むしろISIS側は、湯川氏を殺しておいたことへの動機付けが必要だった。そのために到底承服不可能な条件を突きつけ、事後の映像をいまになって公開したのではないか。そうすると、今回の後藤氏の解放条件が本命だということが見えてくる。

ISISのラジオ放送の動画がNHK等で確認されてはじめて、日本の報道各局は湯川氏が殺害されたことを認め始めたようだが、アメリカのオバマ大統領はいち早く、日本政府が生存を確認しているさなかに「哀悼の意」を伝えるメッセージを安倍首相に伝えた。つまり米側は死亡が事実である確証を持っていることの表れだ。

湯川氏が要求の事前に既に殺されていた理由は、「シリアに武器を卸していたこと」が動機らしい。それは若き工作員のこのツイートから判る。



>あなたの国は報道されていませんか? yukawaは銃を持ち Syria軍に銃を商売


つまりISIS側には湯川氏を生かしておく理由がなかった。だから処刑した。その事を隠し、生前の動画を使って湯川氏処刑の正当性を作り上げた。

それが、この短い彼のツイートから推測できるシナリオである。そうなると、ISISにとって利用価値があり、取引材料となるのは、生存している後藤氏の方ということになる。こちらが本命であり、交渉の唯一の材料。

今は亡き元イラクのアルカイダ最高幹部(米軍により2006年に殺害)の妹を取り戻すこと。その前段として、既に人質が一人殺されたという見せしめを行うことで、本来の目的である捕虜奪還を確実に達成できるようにしようとしている。そういうことなのではないだろうか。

さらに、日本政府はこの事実を把握していた可能性もある。湯川氏が拘束されたのは2014年8月で、そのことはただちに報道され、政府も当然承知し、先の官房長官の発表にあったように交渉はその頃から続けられてきた。ただ、途中で交渉が難航したことがあった。その時、実は湯川氏は交渉決裂により処刑されたのではないか。

政府はこれを承知しつつ、その事実をひた隠しながら、報道からも湯川氏のことが報じられなくなる頃、突如浮上したのが、解散総選挙だった。この選挙で自民党は確実に圧勝する計算があったようで、野党に躍進があったとしても絶対過半数を維持できるという確信があって、敢えて総選挙を行った。

結果、野党躍進はあったものの、それでも政権運営・国会運営に支障のない絶対安定多数を確保した。更に、湯川氏拘束や交渉の経緯などは、完全に忘却の彼方に忘れ去られた。そこに、外務省の策動によるものかわからないが、問題の文言が中東での発表に含められ、”寝た子”を起こす結果となった。

政府は湯川氏殺害の事実をこの時点で把握しており、つまり『テロに屈しない』という姿勢を頑なに守るという「正義」を世界に示せればよかった。人質は既に死亡しているのだから、奪還はできない。交渉したらノーコンセッションの原則に背くことになり、対テロ戦参戦の足並みを乱すことになる。

だから処刑の一報がISIS側からもたらされると、政府寄りのメディアではその是認に躊躇が見られ、そこにISIS側がダメ押しのラジオ放送で公式に発表を行い、アメリカ側もあっさりとこれを事実と認めたため、日本の各局も死亡を事実として報じざるを得なくなった。

これが現在に至るまでの真相ではないだろうか。つまり、これからが本番。本当に人質の生死をかけた交渉が始まる。その取引材料は、有志国軍のヨルダンとしても、これを先導する米英としても決して交換を認められる人物ではない。幾ら日本が多額の「人道支援」を行っているとしても、そのために刑の執行まで確定している死刑囚の交換に応じることができるか。

ISIS側・日本政府側の facade(見せかけの攻防)に世界はすっかり踊らされたが、これからが本当のテロリストとの交渉であり、肝心要のイベントとなるのではないか。この交渉でヨルダンに超法規的、かつ国王の権威すら落とす決定をさせられるかどうかが、日本の中東での価値を指し示す試金石となる。

米英は解放に全面的に協力すると表明しており、これは特殊部隊導入による奪還作戦すら含まれる可能性がある。幸い、今回の交渉には期限が明示されていない。つまりじっくりと腰を据えて対応を検討できる。ISISとしてもそれが望むところなのだろう。

湯川氏の遺族や友人には申し訳ないが、湯川氏の命はテロ集団と日本政府のかけひきの中で早くに失われていた可能性がある。憎むべきは、殺害を実行したテロ集団であるが、そのようなリスクを冒すことを可能にし、かつ交渉に失敗し、敢え無く死なせてしまった日本政府も同様に憎まれて然りだろう。

残った後藤氏が殺害される理由に、湯川氏のように利敵行為を行ったという理由はない筈だ。この「利敵行為」については日本政府の関与を疑う説もあるが、現在の焦点は殺す動機のない筈の後藤氏の殺害をどう食い止めるか、この一点にある。政府の総合的な情報力・交渉力が問われるのはこの時点からだ。

これで後藤氏の奪還にも失敗するような政府で、そのために貴重な人的資源としてのハサン中田氏のような橋渡しできる人物の申し出を断り続けるというのなら、それは政府として「国民保護のためにあらゆる手段を講じる」ことへの怠慢であり、実は初めから解放を求めるつもりなどないことの証左となるだろう。



その時に初めて、この一連の事案における安倍政権の目的が明らかになる。対テロ戦への本格参戦、関連法制整備のための理論(情緒的)武装、そして自衛隊海外派遣恒久法の成立と施行。名実ともに、有志国軍の一員となり、ISISとの対テロ戦に参戦し米英等各国との軍事的連携を深めること。

もしそんな政権の思惑のために後藤氏がスケープゴートにされようとしているのならば、心ある国民はこれをなんとしても阻止しなければならない。民意の総合力で、場合によってはISIS側に直接訴え、挑発ギリギリの嘲笑作戦を並行展開し、”私たちの対テロ戦”を展開するのだ。

日本政府の意図が不透明かつ、既に同胞を一人見殺しにしている事実を考えれば、「国民を守る」という責務のために政府が国家の利益を放棄するとは考えられない。私たち自身で、勝手に、できることを、各々でやるしかない。国家によるテロ・テロ集団によるテロ、あらゆるテロを抑止するために。

2014/12/09

#総選挙2014 今年最後の選挙は、十人十色の『MY争点』で"実感"を一票に代える"手前都合選挙"で丁度いい。 だから、 #投票に行こう

やさしさに欠けるこの社会に
必要なのは、思いやりのある政策。
血の通わないアベノミクスに
私は『NO』を突きつける。




何度も主張しているが、今回の選挙は「政権都合の選挙」。だが選挙の主役・主賓はあくまで有権者である私たち国民。そして今回の「政権都合の選挙」こそ、私たちが「国民都合」にしてよい選挙といえる。言い換えれば、「等身大の選挙」ともいえる。

等身大のリアルな生活に「アベノミクス」を落とし込んだ時、それは自分の身近にどんな変化を及ぼしているだろうか。そしてアベノミクスを推進する現政権が立ち上がってから、自分で感じる社会の雰囲気の変化はどんなものだろうか。それに対して、『YES/NO』を選択する。そういう自分都合の選挙でよいと思う。

手前勝手な『MY争点』で丁度いい


社会経済に疎い人でも、アベノミクスが2年間で殆ど効果を示してこなかったことは、「実感」としてわかることだと思う。この実感が大事。選挙は本来、国民が実感していることを元に、一人ひとりがその実感を投票に反映する代替行動でしかない。だから感覚で投票してよいのだ。その総合が民意なのだから。

山崎さんの記事は、これまで私もなかなか言語化できなかったことを形にしてくれた。おかげで見えてきた。自分がなぜ「アベノミクス」が嫌なのか。現政権が「嫌い」なのか。それは現政権がこの国が、私たちが、どういう国に、社会になっていくかについて、不安しか与えてこなかったからだ。

現政権は、虚構や空論はもう沢山なのに、凝りもせずにそれしか主張しない。メディアを取り込んで癒着して、総動員で虚構や空論をまったく本来とは違う形で「見える化」して茶の間に届ける。一体どれだけ国民を馬鹿にしているんだろう。その虚構を見透かせば、不安は増すばかりなのに。

アベノミクスの本当の効果なんて、経済紙を理解できる人でなければ「実感」できない。政治家や御用学者はしきりに数字を出して効果を喧伝するけど、そんなもの本当は理論の範疇でしかない。

だから、アベノミクスの具体的に効果を検討して判断するなんて芸当、私たち一般国民にはできっこないし、する必要もない。そうしなければならないと、思う必要もない。それがまず心理的なトラップだと思ったほうがいい。「こうでなければならない」選挙なんてものがあれば、「自由な選択」は存在しなくなる。

選挙をどう考えるかなんて、政府や政党やメディアに講釈されることじゃない。私たちが各々、勝手に考えて、勝手に決めて、投票すればいいだけのことだ。争点だって、別にメディアに決めてもらうことじゃない。『MY争点』のようなものを持って全然いい。ただこの選挙の争点らしい血の通わないアベノミクスは、象徴的だ。

だからこそ、『MY争点』としても十分検討に値する。アベノミクスって、とどのつまり何だろうと。そう考えてみれば、アベノミクスは、政府が何か大きなことをやって、「景気」というものを作り出して「経済」をうまく回すための秘策で、庶民の生活のことはあまり考えてないみたいだ位のことは感覚的にわかる。そこから「評価」すればいい。

十人十色、いろいろな「色」があっていい


主婦のあなた

政府の看板政策を「評価」するに当たって、様々立場があると思うが、たとえば主婦は、食費や光熱費が安くなったかとか、子どもの養育費の心配をせずに済んだとか、子育てがしやすいとか。そんな生活に密着した「実感」があると思う。その実感が有るか無いかで評価を決めてしまえばいい。

サラリーマンのあなた

たとえば会社勤めのサラリーマンは、賃金や待遇がよくなったとか、社内で色々な改革が実行されて仕事しやすくなったとか、気兼ねせずに休みやすくなったとか、女性がいきいきと仕事するようになったとか、アルバイトやパートの人と付き合いやすくなったとか、そんな実感があれば「評価」に加えるといい。

非正規労働者のあなた

アルバイトやパートの人、派遣労働者(私もそう)の人は、安心して一つの会社とで働き続けるようになったとか、仕事が見つけやすくなったとか、非正規雇用なのに働き先の待遇がよくなったとか、職場の自分に対する扱いが変わったとか、そういう変化の「実感」が有れば「評価」に加えればいい。

学生のあなた

学生の人も立派な有権者。大学卒業間近になればもう選挙権もある立派な社会人。だから、学生の人の「実感」も大事。苦学生はいつの世もいる。そういう人が、周りに増えたか減ったか。就職の壁が厚いと感じるか。学生が社会活動でいきいきしていると感じるかなど。そういう「実感」が有れば、「評価」すればいい。

活動家のあなた

私は"元"活動家でもあるから、社会活動している人たちの立場も気になる。活動がしやすくなったか。助成金が得られやすくなったか。活動の制約が減ったか。周囲の理解が増したか、等。安心して活動できる裾野が広がったかどうかを「評価」すればいい。

クリエイティブなあなた

クリエイティブな職業に就く人だって、仕事がしやすくなったか、しづらくなったか。表現に制約が増えたか、減ったか。自分の分野で周囲で仕事が減ったか増えたか等の「実感」が有れば、それを「評価」すればいい。

医療に従事するあなた

医療に従事する人は、ともすれば組織票に縛られるのかもしれないけど、看護師や看護婦、医師、病院事務をやってる人だって、保険の適用の在り方や、補充人員に対する体制、仕事のしやすさ、気楽さなどの面での「変化」を「実感」していれば、それを「評価」に反映すればいい。

飲食に関わるあなた

飲食業を営んだり飲食に携わる人は、間近で人の消費傾向を見るだろうし、食材の価格や、市場の動向、その人件費への影響、ひいては職場での待遇やモラルなどに何か「実感」を感じるところはあるだろう。それを「評価」すればいい。

サービスに関わるあなた

飲食といえばサービス業だけど、ではホテルや旅行業者、旅館経営者とかが実感する「お客様の財布の紐のゆるみ具合」はどうかとか、大盤振る舞いする客が増えたとか(同時に金に物を言わせる横暴な客も増えたとか)、景気に敏感な業界ならでのは「実感」が有るだろう。それを「評価」すればいい。

たったこれだけの例で全部を網羅できたわけではないけど、このようにそれぞれの立場に応じて「実感」も十人十色になるのは当然。それが多様かつ「総合的な評価」としての民意を投票数ではっきり形にする。これが「国民都合」、もっといえば「手前都合」の選挙だと思えばいい。そして、それでいいのだ。

一言で括れないあなた(私)

この選挙では、まさに国民が一丸となって十人十色を出し合えばいい。その色が混然となったのが、いまの「この国の色」なのだから。私は自身の様々な立場から自分の「色」を投票という代替行動によって出す。皆さんも様々な立場から、この選挙の争点といわれるアベノミクスに自分なりの「評価」をして、「色」を出せばいい。

私は派遣社員であり、翻訳通訳者であり、コンサルタントであり、NGO役員であり、元議員秘書であり、現状のこの国で子孫を増やしたくない立場から、アベノミクスに象徴される政府の血の通わない政策に対7する等身大の総合評価として、この選挙で明確な『NO』を突きつける。

あなたはどうしますか?
自分の「色」を出しましょう。

#総選挙2014 #投票に行こう
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「戦略的投票」のススメ

2014/07/17

(miniコラム) #ガザ空爆 でジェノサイドを扇動するイスラエルの現役議員 これは他人事ではない(2014.07.17 ) #PrayForGaza

問題のポストをしたとされる「ユダヤの家」党のアイェレット・シャーケッド議員


イスラエルの女性議員が「パレスチナの母親は皆殺しにすべき」と発言したというツイートが流れてきた。

【速報】「パレスチナの母親は皆殺しにすべき」イスラエル極右女性議員が発言 
‘We must kill all Palestinian mothers http://shar.es/Nylzx   
pic.twitter.com/QL6rowMRva #PrayForGaza


事実ならば、国際法上「集団殺害犯罪」(いわゆるジェノサイド罪)を構成する、責任重大な発言だ。国際刑事裁判所ローマ規程はその管轄犯罪において、実体行為のない「扇動」も犯罪と規定している。

本当だった・・・各アラブ系メディアが取り上げている。↓

"They have to die and their houses should be demolished so that they cannot bear any more terrorists," Shaked said, adding, "They are all our enemies and their blood should be on our hands. This also applies to the mothers of the dead terrorists.

「彼らは死ななければならない、もはや一人のテロリストも生れることのないよう、彼らの住む家々は解体しなければらない。

シャーケッド議員はこう述べ、さらにこう付け加えた。

彼らはみな我々の敵であり、我々は自らの手を彼らの血で汚さなければならない。これは、死んだテロリストらの母親たちにも当てはまる


引用元と見られる今年7/1付けのFBのポスト。なぜか7.15付けで更新されている。


まさに「殲滅を扇動する発言」である。

「扇動罪」を許してはならない訳


この実体行為のない「扇動」を犯罪とすべきという考えは、ルワンダ大虐殺の悲劇の教訓から生まれた。80日間で100万人が殺されたこの民間大虐殺では、殺人を促すラジオ放送が問題とされた。殺害のターゲットのいる場所を逐一ラジオで報せ、「ゴキブリどもを踏み殺せ」と放送していたからだ。(参考

国際社会はこの惨劇から、実体行為のない行為も犯罪として罰するべきだというコンセンサスに達した。その対象は、民間人だけではない。現職の議員も、国家首脳も含む。つまり、実際に殺人犯すわけではないが「扇動」により虐殺に加担する行為も、現代の国際法では訴追対象となるのである。

かつて外務省と法務省は「論理的可能性でしかない」として、日本が国際刑事裁判所に加盟する時の法整備に実体行為のない「扇動」は犯罪化する必要はないと主張していたものだった。日本の国会議員が、「そんなこと」を公言するのはあり得ないと言いたかったのだろうか。

「集団殺害罪の扇動罪→これがたとえば議員の免責特権との関係が一応問題になりうる。しかし、これも想定する必要はないのではないか。(議員が国会でICCに関する犯罪を命令するということは、ほとんど考えられない)」 自民党勉強会での法務省の回答


だが、日本が準同盟国宣言をしたばかりのイスラエルの女性議員は「そんなこと」を公言した。国際刑事裁判所に加盟していれば、その発言の結果として殺人行為が行われればジェノサイド罪に問われかねない重大発言だ。

なぜ単なる戦争犯罪や人道に対する罪としての「殺人」ではないのか?

ただの殺人ではなく「ジェノサイド」なのは、「母親を全て殺す」という行為が即ちひとつの民族の殲滅を企図していると見なされるからだ。つまり実体行為がなくても殺人を故意に「扇動」しており、また単なる殺人ではなく、大量の殺人を企図して行われる故意の「扇動」だと判断される。

日本が大丈夫とは・・・とても思えない。


さて、みなさん。日本の国会議員なら、こんなことは口にする筈がないと思えますか?
想像力を押し広げて、想像してみよう。

仮に日本がイスラエルのように一部の反政府勢力Xに武力攻撃され、軍事的報復を決めたとする。反政府勢力Xは一部支持する一般市民によってかくまわれ、政府は敵を炙り出すために民間施設も標的とする。一般市民にも犠牲が増え、これに対して反政府勢力Xが報復することで暴力の連鎖が続く。

こうした苛烈な攻撃の応酬がされる中で、国会議員が「反政府勢力Xをかくまう民間人も皆殺しにしてしまえ」と公言する可能性が、ないと言い切れるだろうか。とくに、昨今の失言・ 暴言・暴挙のオンパレードがみられる日本の地方・中央各議会において。極めてあり得る可能性のように思える。

仮に日本で扇動罪が成立するととして、国家公務員による実体行為のない殺人行為を処罰するものとなるかどうかは、未知数である。外務省・法務省は、国家公務員によるそうした行為が起こる論理的可能性はないと否定した。つまり扇動罪が成立したとしても、実体行為のない行為による殺人で国家公務員を裁くつもりはないのだろう。

だが、公僕たるもの、世界138か国が署名したローマ規程が管轄犯罪とする犯罪行為に類する行為に及んでよいかどうかという判断くらいはできなければ、国家として「国際社会の責任ある一員」など標榜すべくもない。

嘆かわしいのは、現在の日本の政界を見渡して、イスラエル議員のような発言が行われる可能性を「論理的可能でしかない」とは到底思えないことだ。むしろ、「現実的可能性として十分あり得る」と捉え、将来の重大な国際犯罪を防ぐためにも、いまのうちにしっかりと枷をはめておくべきだろう。

その位、我が国の公僕の倫理感や道徳意識は危ういと言わざるを得ない。

奇しくも今日7月17日は「国際司法の日」
1998年に国際刑事裁判所ローマ規程が採択されて十六周年となる記念すべき日である。

世界中が常設の国際司法機関の誕生を祝うこの日に、その国際機関が裁くことのできる発言をいとも容易く発してしまうイスラエルの国会議員。

日本の国会議員には、まさに「他人のふり見てわがふり直せ」の精神で、このような言葉が日本から発せられることが決してないよう、襟を正して公務に当たってほしいものである。

2014年7月17日

十六年目の国際司法の日と
国際司法と並んで国際道徳が
発展することを祈念して