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2014/09/26

【宣言】"HeForShe"キャンペーンに賛同する Declaration of support for #HeForShe



※お断り:申し訳ないが翻訳者なので文中の引用は独自訳にさせて頂いた。ハフポスやBLOGOSの訳の解釈で賛意を表明している訳ではなく、原文に対し賛意を表しているのだということを予めお断りしておく。

*ENGLISH VERSION TO FOLLOW

ワトソン大使の国連演説(ハフポス)

よりよいと思われるオススメの訳文(BLOGOS)
http://blogos.com/article/95137/


ワトソン大使を脅迫する"4ちゃねらー"(ハフポス)

JAPANESE  

"HeForShe"キャンペーンに賛同する。


男尊女卑的な考えを信奉する人間には、このキャンペーンの名前自体が挑発的に聞こえるのかもしれない。だが私は、よく考えられた末、「彼」も「彼女」も漏らさない"inclusive"な キャンペーン名として採用したのだと思う。単純な考え方をする人間は、英語でも日本語でも、「彼女のために彼が」と、男性が"下"になっていると捉え反発するのかもしれないが、そういう人間に無理にこの運動の大義や意義を理解してもらう必要はないと思う。

この運動の推進役であるワトソン親善大使を脅迫している4Chanの輩は、日本での最近の流行の言葉でいえば、真の意味(最近の誤用ではなく)で「下衆の極み」といえる連中だ。彼らの行っていること、行おうとしていることには、一片の正当性もない。犯罪行為でしかない。もし彼らの動きに同調する動きが日本でも見られたら、その輩も彼らと同類だ。断じて許されるべき行為ではない。

4Chanの輩が行っていることは行き過ぎであり、犯罪でしかないが、かといってこの運動に反対することが咎められるべきことではない。この運動は地球規模の社会的変革(意識改革)を求めるものであるが、その大義や意義が理解できない者、改革を拒む者、旧来の価値にすがりたい者は、そうする自由がある。

ただ、社会の中で改革派が大勢を占めたら(そして全世界の女性人口の比率とそのマーケットパワーから必然的にこれは起こり得る)、いつしか自分の考え方は来るべき社会の中で孤立していることに気づかされるだろう。そうして孤立した者同士で徒党を組み、抵抗を続ければいい。それは各人の自由である。

それでも、

"No country in the world can yet say they have achieved gender equality."
「世界中のどこにも、男女平等を確立したと胸を張って言える国などありません。」

というワトソン親善大使の言葉は事実だ。

また、

" if we do nothing it will take 75 years, or for me to be nearly a hundred before women can expect to be paid the same as men for the same work"
「もし私たちが何もしなければ、今後何十年か先、私が100歳近くになっても、女性が男性と同じ仕事をして同じ報酬を得る時代なんて、来ないかもしれません」

という言葉もそうだと思う。

このままでは百年経っても、男女平等社会など実現しようもない。いくら野心的な政治指導者が、支持率欲しさに、あるいは次期アメリカ大統領の再有力候補に擦り寄る戦略のために「女性の活躍」を政治的に利用しようとも、いくら一部の大企業が賛同して小手先の改革を実施しても、それはワトソン大使がいうような、全ての女性が『社会的に男性と同じくらい尊重される』こととは、同義にはならないだろう。

もう、社会を改革するのを政治や企業任せにはできない。国連という国家の集まりから初めて発せられるこの地球規模の社会運動は、エマ・ワトソンという女優・活動家の声を借りて、「一人一人が参加する」運動となる。私は喜んで、その「一人」となりたい。

私は、彼女のいう「隠れフェミニスト」だったのか?

恥ずかしながら、今日、ワトソン大使の演説文を読んではじめて、『フェミニズム』の明確な定義を知った。

どうやら、ずっとそうだったようだ。

では、「隠れフェミニスト」であることを恥じるべきなのか?

これまで自身で、行き過ぎたフェミニズムのことは行き過ぎた男尊女卑と同じように嫌悪していた。そのためフェミニズムそのものに興味も関心も抱かなかった。

だが男女の均衡がこれだけの長い間(有史以来といっても過言ではない)、不均衡であったのならば、それは是正されるべきだし、この不均衡を直すために、フェミニズムの定義でいう「男性と女性が平等な権利と機会を持つべきだとする主張」や「両性の政治的、経済的、社会的平等を求める立場」が必要ならば、私は"同類"として、喜んでその主張を掲げ、その立場で理路武装しよう。

だからワトソン大使が独自のひねりを加えて新たに解釈した、エドモンド・バーク卿が言った言葉は、私には普遍的な価値を持つ。

"All that is needed for the forces of evil to triumph is for enough good men and women to do nothing."
「善良なる"男女"が行動しなければ、必ずや悪に打ち負かされる」

ならば、行動しないではいられない。
早速、今から世界の"大勢の中の一人"に加わろう。


ENGLISH





Declaration of support for Emma Watson's UN #HeForShe Campaign


For those who are believers of male-dominated society, the name of this campaign itself may appear to be insulting or even provoking. But I for one think it is a well thought-out name which has an 'inclusive' purpose to leave no 'he' or 'she' behind.

Those who tend to think in simple terms, in both English and Japanese translation ('kanojo no tameni karega'), may resent the sheer sound of male being 'beneath' the female, but I think we don't need to seek their appreciation for the value or the significance of this campaign.

The "4 Channeller's"--as we call in Japan for the same for the "2Chan" users--who are threatening H.E. Amb. Emma Watson, the promoter of this campaign, to expose her with nudity, can be called in Japan's popular (but wrongly used) phrase as 'gesu no kiwami' or 'scums of the earth' in its truest sense. What they are doing, or intend to do, has no social justification whatsoever. It is a criminal act.

If there are any in Japan who resonate and follow their footsteps, then theirs shall be regarded the same. It is an unforgiveable act.

The acts perpetrated by the "4 Channellers" have gone too far and they can only be regarded a criminal act. However, this does not presuppose that those who oppose this movement shall be condemned in the same light.

This movement is about a socio-economic reform (awareness raising) of a global scale. Those who cannot appreciate the significance of it, or who resist any kind of reform, or who want to cling on to the 'traditional values' are free to do so.

However, if the 'reformists' were to hold the lion's share of the global opinion (and given the obvious global demographic advantage of women versus men in terms of market power), one day those people will find their way of thinking become isolated and detached from the society.

Of course, these isolated individuals can then form a group or something and resist the movement. They should still be free to do so.

Nevertheless, Ms. Watson's words, saying:

"No country in the world can yet say they have achieved gender equality,"

is a universal fact, as much as her other words stating:

"... if we do nothing it will take 75 years, or for me to be nearly a hundred before women can expect to be paid the same as men for the same work."

At the current rate, we will never be able to achieve a true equal society for all men and women. Not in 100 years.

No matter how aggressively an ambitious political leader taunts "opportunities for women" either for higher ratings or as lip service to the most potential future American Presidential candidate or how much the Big Companies in agreement invest in the superficial internal ‘reforms’, it is NOT equivalent to what Ms. Watson refer to as having "afforded the same respect as men" to all women.

We can no longer rely on politics or corporate interests to define social reform.

Even though this campaign is initiated through the UN--a body of states, this global social movement is emanating from a single voice of one Ms. Emma Watson, an individual, who is a world-renowned actress and activist that enables "everyone" who is willing to participate in this endeavor.

I'll gladly sign in as part of one of those "everyone".

So does that make me an "inadvertent feminist"?

It appears I have always been.

Embarrassingly though, if not for Amb. Watson's speech, I would have never known the clear definition of the term "feminism".

So should I be ashamed that I AM an "inadvertent feminist"?

I despised extreme feminism as much as I despised extreme sexism in the same light. So I never was really interested or intrigued by feminism itself at all.

But given that the balance between men and women has been so disproportionate for such a long time--perhaps since the dawn of mankind, it needs to be rectified.

And if what is needed for this rectification of balance is "the belief that men and women should have equal rights and opportunities" and a "theory of the political, economic and social equality of the sexes," as feminism is defined for, then I will with delight uphold that belief as the 'same kind'.

Edmund Burke's re-interpreted words by H.E. Ambassador Emma Watson now have a more universal tone to me, thanks to her original tweak.

"The only thing necessary for the triumph of evil is for good men 'and women’ to do nothing."

Then I shall not stand doing nothing.
I shall count myself in with the global "everyone". Now!

2014/07/01

祈念コラム:2014年7月1日 #集団的自衛権 容認閣議決定の日に思う



遂に我が国日本は、時代遅れの「20世紀の普通の国」になってしまった。

従来の集団自衛権による同盟ではなく、地域集団安全保障による国連を離れた集団安全保障体制が各地で構築されているなか、日本はこの時勢に「20世紀の同盟関係」の強化を図る。

第二次安倍内閣が念頭においてるのは、仮想敵国中国の封じ込めだ。

そのために、集団的自衛権容認をはじめ、各種法制を変え、事実上、「交戦権」の禁止と「国際紛争を解決する手段としての戦争」(「武力行使」ではない)を禁ずる平和憲法を解釈改憲することで、米国の要請に応え、日米同盟の強化に繋げることで、対中抑止力強化になると信じている。

愚の骨頂だ。

現行憲法下で我が国は、歴代政府見解の下、個別的自衛権を有し、第一義的な国防義務を負う自衛隊と、日本を防衛する片務的義務を持つ在日米軍との連携で成り立つ日米安保体制により国防を支えている。

集団的自衛権により日米安保体制が強化されるということは、実質的に現在の体制では中国を含めた周辺の脅威に対処できないことを認めるようなものだ。

つまり、日米安保の否定なのである。ここで疑問視されるべきなのは、ではこれまで何が有効だったのか、何が有効でなかったのか。何が有益で、何が無駄だったのかだ。

政府は国民に向けて、こうした説明を行っただろうか?否である。

突然、個別的自衛権ではあれができない、これができないと、15もの事例を出して、集団的自衛権が“必要”であるという「必要論」を展開したのである。それが意味する本当のことを隠しながら。

必要は、不足から生まれる。

何かが不足しているから“必要”なのであって、不足していないのに“必要”と主張するのは、詭弁である。むしろ、“必要である”というよりは“追加であったほうがよい”という程度ならば、それを「必要だから」と説明するのはもはや、詐欺の領域である。

そして、私たち日本国民はまんまとその詐欺の被害に遭った。
それが今日という日の意味である。

ただ、米側から、これを追加しろあれを追加しろと言われるがまま政府が応じた結果が今日なのか、それとも、米側から言われるままであるかのように装って実は、米側から言われてもいないのに日本側が勝手に、自らの目標を満たすために動いた結果が今日なのか、それはようとして知れない。

私は個人的には後者だと思っている。いわゆる「忖度する政治」を逆手にとった手法だ。

年末に日米協力の指針ガイドラインが改訂されれば、その結果は発表されるだろうが、その前段となった今回の閣議決定に至るまでの日米間の協議内容はおよそ把握できないし、報道もされないだろう。

米国の政府の公然の密使として、共和党制権時代の安保マフィアらが頻繁に往来し、日米同盟強化の「必要性」を喧伝する間、協議の骨格は日米国防・外務官僚の間で秘密裏に作られていったのだろうと推測する。これから行われる事務官級・閣僚級会議はその確認作業でしかない。

だが、集団的自衛権の「必要論」を持ち出したのが米側か日本側かの真相は明らかにされないまま、ガイドラインの改訂が実質的に進むだろう。そしてこれは、日米、いや世界の軍需産業界に対する安倍政権の歴史的手柄にされるだろう。

日本の平和主義が歴史的転換を迎えるこの日がもたらす変化、歴史に、現行政府はおそらく殆ど関与しないだろう。それほど長期に続く政権は過去になかったし、国民もこれほど好き勝手やる政権にいつまでも権力を握らせるほど魯鈍ではないと思う。

だがこの日、私たち日本国民は、国家を縛るべき憲法を、適正な手続きに則らずに塗り替えるフリーハンドを再び、時の政府に認める「前例」を作ったことになる。ひとつ前例が作られれば、後を継承する政権もまたその前例に倣うだろう。

立憲主義の崩壊である。

今日は、そのことの重さを噛みしめる日としたい。

2014.07.01

--

集団的自衛権を巡る拙稿は、
十数編からなるこのシリーズを参照。

この一遍の祈念のコラムで述べたのは、
そのほんの片鱗に過ぎないことをお断りしておく。

2013/10/17

日本全国鼻血実態調査アンケートⅠ・Ⅱの普及・拡散への協力のお願い

Click here for an English version for foreigners overseas and foreign nationals residing in Japan
前回(10/4)のご案内からのフォローアップ

台風26号上陸前後に「鼻血が止まらない」と呟いた人たち


台風の上陸前後の間, 「鼻血が止まらない」と訴える人は(感覚的に)増えていっているように感じます。このまとめにある以下の検索キーワードでTLを検索してみるとわかります。
■検索キーワード:鼻血止まらない OR 鼻血が止まらない OR 鼻血とまらない OR 鼻血がとまらない OR 鼻血止まんない OR 鼻血とまんない OR 鼻血が止まんない OR 鼻血がとまんない OR 鼻血が止まらん OR 鼻血がとまらん OR 鼻血止まらん OR 鼻血とまらん OR 鼻血がとまらーん OR 鼻血が止まらーん OR 鼻血とまらーん 


「鼻血が止まらない」と呟いている人,10/17 0時現在の集計で全国に215人いたことを確認しました。昨晩午前0時からなので,台風上陸後から台風が通過するまでの間ですね。大体(これまでの経験から),明日の午前0時までに230人くらいになると見立てた通りでした。

そこで,さらに1日遡ってみました。10/16午前0時の段階で24時間で359人いたことが確認されました。これは,これまでの統計では最大だった9/29(火)の364名に次ぐ人数です。また,10/18午前0時の段階では212人が確認され,台風通過後,確実に減少傾向にあることがわかります。まるで台風が何かを吹き飛ばしたかのような減少ぶりです。






台風26号の経路図


“感覚”が正しいことは証明できる


私の“感覚”が正しかったことが数値的に証明されました。
“感覚”から始まることでも,具体的な証拠を集めれば,それが理論だとか,たいそうなものでなくても,こうして立証できるものなんですね。勿論,私の“感覚”はこれまでの統計をとってきた経験に裏打ちされていますが。
小さなお子様を抱えるお母様の方々。あなた方にその“力”があります。
あなた方には,普通の人間にはない「母親」としての“直感”や子を思う「母」としての強い“念”があります。これは,「根拠がない。証拠がない」と,一蹴できるものではなく,またしてはならないものです。要は,その直感や念を補完するものがあれば足りるのです。
「母親」という存在を,その訴えを,ないがしろにしたり,軽視したりする社会は,健全な社会とはいえません。鼻血や鼻血以外の症状について,母として心配に思う。不安に思う。過去の発症の記憶を自分の中で辿る。この記憶は,どんな医療記録よりも確かでしょう。それが母の“念”です。

10代の子どもの母親が最大の当事者


まだまだ少ない結果ではありますが,このアンケートでは,約80人の回答者のうち実に48%が10代の子どもの母親でした。中には園児(15%)も乳児(3%)もいます。一番多いのが小学生(31%)です。
つまり母親たちはこの問題の最大の当事者なのです。

2013/10/16時点のアンケートⅠの結果(回答数=81人)


10代未満~10代まで合わせると全体の48%

全体では学生が30%と一番多い

学級の中では小学生以下が一番多く68%に及ぶ

このアンケートを始めるまで,最近急増した鼻血や鼻血以外の症状の最大の当事者が誰なのかは,把握しようがありませんでした。しかし,具体的な項目で作成することで,少ない集計人数の中でもその存在が浮き彫りになってきたのです。
「このアンケートに,もっと力を持たせたい」――それが私の願いです。
このアンケートは,暗中模索で始まりました。問題の当事者が誰かもわからず,苦しんでいる全ての人に手を差し伸べたいと思って進めてきました。まだまだ,ツイッター上では359名もの人々が1日で「鼻血が止まらない」ことを訴えています。その実態は,まだ見えてきません。
しかし,このアンケートを実施したことで,全国の10代の子どもの母親達の「声なき声」を拾い上げることで,彼女たちこそ,もっとも救いを求めているのだということがわかりました。その彼女たちにとって,子どもたちを守る盾となり武器となり得るのが,このアンケートです。とくに,『アンケートⅡ』(試験版)です。
「アンケートⅡ」は,基本情報のみを収集する「Ⅰ」を補完するもので,過去と現在の発症と治療のデータを集積することを目的としています。その用途は,この問題の最大の当事者である全国の母親たちの記憶の補完です。
法律上,医療記憶(カルテ)の保管期間は最長で5年となっています。だから,「アンケートⅡ」では,過去5年間に渡る子どもの症状や当時の処置などの記憶を遡ってもらい,記憶があやふやな場合は医療記録の請求や診断書を参照することを勧めています。アンケートに回答することで,このデータが整理された形でスプレッドシートに自動的に記入されます。これを活用するのです。

この問題の当事者たちに訴える力を!


もちろん,当初からこのアンケートは母親のみにターゲティングされている訳ではありません。医療機関を訪ねる全ての人に,記憶を補完することで「訴える力」(訴求力)を与えることを目的としています。鼻血と鼻血以外の症状に苦しむすべての人が,適切な検査・診断・処置を受けられるように


しかし,まだまだ,このアンケートは母数が足りません。どんなに匿名性を厳守する仕組みを作っても,やはりいまの日本社会は素直に不安や懸念を表明できる社会ではありません。しかし,そんな状況をなんとか打破したい。「声なき声」を挙げようとしている人たちに,力を与えたいのです。

どうか,このアンケートの趣旨に賛同頂ける方,一人でも多くの「声なき声」を挙げている人たちに力を与えるために,同胞に力を貸すために,私のプロフィールにあるアンケートをあらゆる手段で広めてください。ツイッターやFacebookに限らず,メーリングリストでも,手作りの新聞でも構いません。これをご友人に,知人に,ご家族の方に,大切な人に,より多くのに人に報せてあげてください。

どうぞよろしくお願いいたします。m(__)m

2013年10月18日
日本全国鼻血実態調査発起人
勝見貴弘(かつみ)

MORE SUPPORT NEEDED: 68% of those suffering from nosebleeds in Japan are children; mothers are the biggest stakeholders

Click here for the original Japanese Version of this blog (日本語版はコチラ)

MANY PEOPLE IN JAPAN STILL CONITUNE TO SUFFER FROM NOSEBLEEDING

In the moments before and after the arrival of the powerful typhoon that killed 17 peope in eastern Japan, I sensed that they will be more and more people who will be nosebleeding. Following my senses, I did a simple count on tweets that continue to complain about nosebleeding during the three days from 12:00am 10/15 - 12:00am 10/18.

Impressively enough, there were 359 people complaining about nosebleeds on 10/15 (before and since the typhoon landed) while there were 215 people in 10/16 (after the tyhoon has left), a substantial decrease after the typhoon left. It appears the typhoon has 'blown away' some of the causes of the nosebleeds. The number marked on 10/15 was the second largest accounted since the initial observation conducted during the two week period of 9/20-10/3 (364 people in 9/29)On 10/17, there were 212 people, indicating the number was decreasing or maintaining its level after the typhoon left.


Track data of typhoon #1318
  1. FACT: 359 people tweeted "Can't stop my nosebleed" on 10/15/2013 
  2. FACT: 217 people tweeted "Can't stop my nosebleed" on 10/16/2013 
  3. FACT: 212 people tweeted "Can't stop my nosebleed" on 10/16/2013


"SENSES" CAN BE PROVEN TO BE RIGHT

So my "senses" were right. Even if an observation starts from "sensing" something, you can prove yourself right easily by simply collecting the practical facts. No need of theory or scientifict proof. Of course, my "senses" were backed by my empirical thoughts--through training with my previous observation conducted earlier.
I believe MOTHERS have these senses too, in the name of 'maternal instincts'.
Mothers have these instincts that can feel the danger for their children. These 'senses' cannot be outruled by simply saying that they are "Groundless, or without sufficient proof."  We cannot, and we should not. What we need is something to supplement these 'senses'.
A society that neglects and undermines the cries and pleas of mothers is not a healty society. Those mothers complaining about nosebleeds and other symptoms are genuinely concerned of their children's health and well-being. So intuitively and instinctively, the mothers dig into their past memory with their children; on how and when they became sick and how they were treated and became well. This mother's memory could sometimes be more accurate than any medical records. This is the power of a maternal instinct.
And it turns out their 'senses' are also right.


CHILDREN UNDER 13 ARE THE BIGGEST VICTIMS

MOTHERS OF THOSE CHILDREN ARE THE BIGGEST STAKEHOLDERS 

Athough the results are still very few (81 samples) , through my newly deployed survey (Survey I) I have found the following results. (The actual "Survey I" results)
Of 81 respondents nationwide:
  • FACT: 48% were mothers of children in teens or under 10 (10代未満) + (10代)
  • FACT: 30% were students (学生) 
  • FACT: 3% were infants (乳児)
Of 24 students that accounted for 30% nationwide:
  • FACT: 31% were elementary school students (小学生)
  • FACT: 15% were kindergarteners (園児)

No. of ages Under 10 (10代未満) 
+ Teens (10代) accounted 48% of total
No. of Students  (学生) accounted 30% of total
No.of elementary students (小学生) 

under (幼稚園 and 保育園) accounted 68% of total

Through these findings, however limited in number of total samples taken, we can safely say this: Mothers of these children are the biggest stakeholders of this 'nosebleed epidemic.'
Until I started conducting the series of survey, no one could pinpoint as to who is the biggest stakeholder of the massive number of episodes of nosebleeds and other symptoms reported since the end of September 2013.  But through conducting this survey, we now know who they are, albeit short number of samples.
My hope is to gain momentum for this survey. To empower it, and empower THEM.


SUREVEYS DESIGNED TO EMPOWER STAKEHOLDERS

Survey I began under pitch darkness; without empirically knowing who the stakeholders are at all, it aimed towards helping EVERYONE who suffered from the episodes. Yet still, we have 359 people tweeting in the internet in just one day. We still don't know the exact figures beyond the realm of all Twitter users in Japan (around 13 million nationwide).
Nevertheless, Survey I has produced a concrete result that "mothers of children of age under ten and over have finally voiced their silent outcries" They are the ones who are most victimized by the situation and are those who are crying out for most help. I believe the series of survey I'm conducting will serve to protect and arm these mothers. In particular, the newly released pilot version of "Survey II".

The newly deployed "Survey II" supplements "Survey I" by accumulating past and present data of the episodes of nosebleeds and other symptoms and their diagnosis, treatment, and medication. What it will serve to do is to supplement mothers' memories.
Under Japanese law, the maximum number of years a medical record can be kept is up to 5 years. So mothers can go back at least 5 years to request for these medical records. "Survey II" serves to work as a sort of a 'memo pad' where mothers can travel back 5 years into their memory and official records:  it advises mothers to go back to the medical records and certificates of their children.
By answering to the carefully navigated questions, their responses will be recorded onto an online spreadsheet that can be downloaded upon request for archiving. (10 responses received so far on the pilot version of Survey II in spreadsheet format )


LETS GIVE THEM THE POWER TO VOICE THEIR CONCERNS

The two surveys are not designed for mothers only from the onset. It aims to support all those suffer from the episodes by acting as a supplementary information to be used when inquired by medical institutions and doctors. It aims to give them the power of appeal by supplementing their memories that are often ambiguous that are prone to neglect by the doctors as irrelevant information, so that all those suffer from the various episodes will be able to exercise their right to receive better tests, better diagnosis, and better treatments.
But the fact remains that the surveys are powerless without having a critical mass. We need more people responding to these two surveys. No matter how secure I make these surveys to protect the anonymity of the respondents, they are still very few are willing to voice their situations. Unfortunately, our society is not open enough to allow them. But I want to help make them break out of this deadlock. I want to empower those people who are voicing these silent outcries.
To give these surveys the power they need, and to empower those people who are just beginning to voice their "silent outcries", to help the Japanese children, the people, please spread the word of these surveys to your friends in Japan, ask them to post it on their blogs, Facebook, tweet about it, discuss it on listserves, or even personal websites. We desperately need your help.
Thank you. 
Takahiro Katsumi ("Taka")
Founder of this survey, activist and owner, Office BALÉS


2013.10.3 ENENEWS:ハフポスLIVEが個人で実施中の全国鼻血実態調査を取り上げる

私が個人で実施中の全国鼻血実態調査について10/1付けの記事で取り上げたENENEWSの編集部から,「10/3付けの記事でも貴殿の活動を取り上げた。ハフポスLIVEで貴殿の活動を取り上げられたことはご存じか?」という旨の情報が届く。さっそく,確認してみた。

News program discusses recent reports of nosebleeds in Japan, shows ENENews article — Professor: International consortium of scientists needed to take this on (VIDEO)

ニュース番組で日本の最近の鼻血調査報告が取り上げられる
「国際的な科学者の集まりにより行動を起こすことが必要」と専門家


司会: 未確認の情報の話をするのはとても嫌なんですけど,とくに,それが1つや2つのソースのみで成り立っている時は・・・。しかし,これがそこに住む人々にとってどうい意味を持つのかということを真摯に考えてみると・・・。(中略)鼻血や悲惨な症状が見られるという未確認の報告が届いています。(中略)これが,そのことを報せるツイートで,ある動画にリンクしています。鼻血のことは置いておくとしても,これらのことが何を意味するのかという文脈において説明してくださいますか。

その動画:


ティモシー・ムソー教授(米サウスカロライナ州立大学の生物学の教授): ここで必要なのは,国際規模の科学者のコンソーシアムにより,開かれた形で,一致して,この問題に本格的に取り組むことです。すなわち,こうした報告や,起きていることの記録を残す手法を確立することです。現在,原発作業員や一部の子どもたちの状況を記録するという,狭い範囲で行われる取り組みは存在するが,これは極めて,たいへんに限られた範囲で行われていることであり,また許可無く国際社会に向けて公開されない。したがって,収集されているデータは少ないし,収集されているとしても手元に置かれてしまっているので,我々は殆ど現状を知る術がないのです。

動画ニュース:(9:07~10:30迄)http://live.huffingtonpost.com/r/segment/worldbrief-with-ase-october-2-2013/52449412fe3444573f000115

2013/09/20

《コラム》2013/9/19付R25石田衣良コラム「光り輝く2週間」への失望と怒りの檄


全文転記


今朝早く2020年の東京オリンピック開催が決定した。ぼくは暗いうちにベッドのなか、スマホで確認したのだけれど、どにかくうれしかった。久々の爽快感。ガッツポーズの5分後には、また眠ってしまったけれど。

ぼくも東京オリンピックの記憶はごくわずかしかない。あれは4歳のころ、まだ白黒だったテレビで眺めた開会式とマラソンの映像がかすかに残っているだけだ。ただ大人たちが「オリンピックはすごい」「これで日本も世界の一流国の仲間いりだ」と興奮していたのを、不思議な気分できいていた。幼稚園児だったので、駆けっこの大会を東京で開いたからといって、なぜ一流国なのか意味がぜんぜんわからなかった。

夏季冬季をあわせて、これまでもっともたくさんオリンピック開いたのはアメリカの8回、ついでフランスの5回である。今回の決定で日本も4回目で、単独第3位になる。4位グループにはイギリス、ドイツ、イタリア、カナダがいるのだから、一流国というのも間違いではない。今回、選考にもれたトルコはイスラム圏初をアピールポイントにしていた(次回はぜひ、がんばってもらいたい!東京開催が決定したあとのトルコの人たちの祝福の言葉は実にあたたかかった)。未開催なのはなにもイスラム圏だけではない。アフリカ大陸にオリンピックがいったことはないし、次回のリオ・デ・ジャネイロ大会まで南米大陸で開催されたこともないのだ。アスリートの祭典は、まだ先進国主導なのである。

最終プレゼンはぼくもリアルタイムで観たけれど、限界までジェスチャーを豊かにした英語のプレゼンテーションには素直に頭がさがった。いや、日本人にあれは厳しいよなあ。ぼくにはとてもできない。でも、はずかしいなんていってられないし、勝たなければこれまでの活動は水の泡だ。なにより日本中の期待を背負っている。プレッシャーは半端ではなかったことだろう。ご苦労さま。

ことによかったのが、パラリンピック女子陸上の佐藤真海選手だった。骨肉腫で右ひざから下を失い、日本代表選手になったのち、故郷の気仙沼が東日本大震災に遭う。家族の安否は6日間わからなかったという。再度の衝撃から立ち直れたのは、スポーツの力があったからだと訴える笑顔は、どの国の委員の胸にも響いたはずだ。

安倍首相のプレゼンも見事。ぼくもこの春、フランスにいったからわかるのだが、海外のジャーナリストがインタビューの最初に質問するのは、必ずといっていいほどFUKUSHIMAである。半年まえはまだ汚染水はこれほど話題になっていなかった。それでも相手を納得させるのは、たいそう困難だった覚えがある。

これで福島第一原発の問題を終息させるのが国際公約になった。けれど、ぼくは本心ではあまり心配していないのだ。政府や東京電力を信用しているのではない。きっちりと期日を定め、計画を完遂する日本人の生真面目さを信じている。みんなでフクシマをなんとかしよう。もう他人事ではないし、世界中が注目している。東京オリンピックを成功させるためには、早々に片付けなければならない仕事だ。

さて7年後、きみはいくつになっているだろうか。まだ同じ会社や同じ部署にいるか。すこしは昇進して、給料もあがっているか。人脈も増えて、仕事の肝をつかんでいるか。若いきみがこれから身につけるスキルは、きっと生涯役に立つはずだ。変化はなにも仕事だけではない。プライベートはどうなるか。今つきあっている相手と別れているか、結婚しているか。もしかしたら、子どももいるかもしれない。それもひとりではなく、複数の可能性もある。

未来がどうであれ、7年後の夏には光り輝くような2週間のお祭りが待っている。その日をたのしみに今日を生きよう。



以上、9/19付R25石田衣良のコラム
『光り輝く2週間』の連ツイはこちらで読めます。

あとがき


石田さんらしい、やわらかい調子の温かみ溢れる、よいコラムだった。あまりに温かすぎる=ほんわかしている=現実を無視し過ぎているという点を除いては、日本人として東京オリンピックの開催日を誕生日に持つ者として、共感できることが多々あった。

だが、失望は隠せない。

私は日本人の良いところばかりを信じて、ただよい結果が得られるという楽観的な観測はもう抱けない。日本人が「きっちり期日を定め」「計画を完遂する」生真面目さを持っている一方で、その「計画の完遂」という大義のために何が失われてきたか。ちょうど今日の日経が、そのことを記事に書いていた

日経が取り上げたのは、私の考える「本質的に失われたもの」とは違う。これが、所詮経済誌の視点ということだ。石田氏はコラムで幼少の頃「日本が世界一流国の仲間いり」を果たしたと湧く周りの大人を不思議に思ったと書いてる。

私は今も不思議に思う。

先進国入りも果たし、経済大国となり、軍事大国となった今も、「こんなに湧く」国民性は一体何なんだろう。しかも、それが何も大きな問題に直面していない普通の状態でならまだわかるが、未だ国難といえる状況にいる只中で。

2008年、約50年前に幼少だった石田少年が経験したであろう熱気に包まれた新興国があった。アジアでの20年降りの開催、そして初の開催国となった中国だ。奇しくもコラムにあったように日本は4回目の開催だ。何をそんなに浮かれることがある?

日本は未だ国難の只中にある。その中で、歴代政府は多くの国民や世界の人々が危惧するような危機感を共有せず、知り得た情報を開示せず、都合の悪い事実は隠蔽し、現在の危機を現出させた。最大の責任は民間企業である東電にあるがその監督責任は免れない。

オリンピックを成功させるために「みんなでフクシマをなんとかしよう?」反吐が出る。“みんな”とは誰のことだ。一体誰が「なんとかする」実務に携わるのだ。一体誰がその直接的影響を受けるのだ。250キロ離れた東京の人々か。それとも被災者たちか。

これまで2年間。いや半世紀以上、「臭い物に蓋をしてきた」日本人が“みんな”で共有する「フクシマをなんとかしよう」という共通目標のために、一体何をすることが想定できるのか。政府・規制当局・自治体・企業・市民ぐるみの隠蔽ではないか。

08年の北京オリンピックの時に、中国の“一流国の仲間入り”を素直に歓迎できない輩がやたらと、中国の「ハリボテ・オリンピック」を揶揄したことはまだ記憶に新しい。あれもいってみれば中国流の「臭い物に蓋」をするやり方だ。だが「オリンピック成功」という大義を持った日本人は、同じ事をしないと言い切れるのだろうか。20年の開催を前に、同じような「ハリボテ」の見せかけの体裁作りが為されると危惧するのは、杞憂だろうか。もっとも、日本の場合のハリボテは物理的なものではないが。

7年後の日本の「ハリボテ」は、もっと醜悪なものとなるだろう。被災者を福島に封じ込め、放射能汚染水の脅威も福島に封じ込め、福島には原子力災害対策の国際的な研究支援センターなるものを作り、精神的なハリボテで世界を欺こうとするだろう。

実際、私たちは石田氏が「見事」と絶賛するそのプレゼンの中で、その片鱗をまざまざを見せつけられた。政府は幾らでもウソをつくつもりだ。それが「日本人の名誉である」かのように、同調圧力により、五輪開催に非協力的な情報を封じるかのように。

いま五輪開催を歓迎し、「その為に」“フクシマをなんとかしよう”と宣う人間は偽善者以外の何者でもない。五輪の為に福島をなんとかするべきなのか。その為の国際公約であり、その公約がなければ政府や国民は動かないということなのか。

嘆かわしい。

百歩譲って、では五輪のために福島が”なんとかなる”としよう。それが散々揶揄された中国の「ハリボテ五輪」とどう異なるというのか。新興国として初開催に漕ぎ着けた国と、我が国の精神レベルは同レベルなのか。まずはそれを恥じることから始めよう。

東京五輪があってもなくても、日本は世界に対して「フクシマをなんとかする」責任を負っている。その為にしなければならないことも、その重要性も、五輪の開催如何に関わらず変わらない。そうでなくては、日本は真摯にこの問題に初めから向き合っていたことの証明にはならない。

「早々に片付ける」?

そんなこと2年前から日本全体が一丸となって考えるべきことだっただろう。実際、一部の人は行動を起こした。決して多くはない一部の人々は、政府に訴えた。法的行動にも訴えた。ボランティア活動を行った。ネットワークを作った。仕事や家事を投げ打った人もいた。それをすべて、せせ笑いながら傍観していた者たちが今更何を言う。

偽善者らめが。

いま「福島をなんとかしよう」と堂々と発言することができるのは、2年半前から実際に「なんとかしよう」と動き続けてきた人間だけだ。後出しで「東京五輪を成功させるために」「早々に片付ける」なんていう精神で今更問題に関わろうとするなど片腹痛い。今更のように「国際公約だから」「後7年しかないから」という姿勢で、政府や東電に福島の問題に取り組むことを求める人間には口を噤んで貰いたい。

というより、恥を知れと言いたい。

その人間の一人に好きな作家の石田衣良が加わったことを残念に思う。

ひとつだけハッキリしたのは、東京オリンピックの開催が決定したことで、私は石田衣良とは正反対に、7年後生きていたくないという思いを一番強くしたことだ。だから「2週間のお祭りをたのしみに今日を生きる」ことはしない。そう生きられる人は、ある意味うらやましいが、そうなりたいとは思わない。