photo by kind courtesy of @atuktekt (*click the photo for details)

2011/10/12

NEWS ALERT: High levels of radioactivity detected in Tsurumaki area of Setagaya Ward in Tokyo, Oct 6 2011

According to news reports compiled by Save Child, on Thursday, October 6 the Tsurumaki area of the Setagaya Ward in Tokyo  was measured to have approx. 2.7 (2.707) micro-Sv/hour of radiation dose, highest detected since it marked approx. 0.4 (0.496) mSv/hour in the Tokyo city area on March 15.  

It is noteworthy, however, that the area was decontaminated with high pressure anti-radioactive cleanser before the measurement took place. The measurement taken then, according to the Wards's Council Member Tanaka Yuko's tweet (with photo), was approx. 4.6 (4.699) micro-Sv/hour, a record-high level ever detected. This means the decontamination procedure managed to lower the dose level by approx. 1.9 micro-Sv/hour, from approx. 4.6 to 2.7.

Ward Director Hosaka Nobuto acknowledged the news and have tweeted away the facts as the story unraveled.

According to one of the compiled news by NHK, high radiation dose level was detected while conducting measurements at a sidewalk in the Tsurumaki area of the Setagaya Ward. Ward Director Hosaka Nobuto has tweeted that the area in question was very small, 1.5 meters above sea level and 2 meters wide. The measurements were immediately reported to the Tokyo authorities and the Ministry of Environment. The Ward is considering to decontaminate the area while sealing off the area from local residents.

The initial reports of high radiation dose level came from a group of local residents on October 3. The Ward authorities took the reporting seriously and conducted the decontamination to find the reported high radiation dose level. Experts who conducted the measurements assume the high level contamination to have detected due to concentration of rain water. Since the contaminated area is a school route for elementary school children, the Ward authorities have sealed off the area with cones and have warned the local residents to steer clear from the affected area.


BE AWARE, STAY ALERT! 

For foreigners who reside in the Setagaya Ward or Wards nearby, or for those who are planning to come to Japan under Japan Tourism Agency's 10,000 free tickets to Japan campaign, think twice and stay tuned to Setagaya Ward announcements.

2011/09/24

REPORT: ZEITGEIST運動の長編動画”MOVING FORWARD”全視聴記録




※字幕機能を使う場合のご注意: 
「CC」ボタンを押すと地域を自動認識して日本語字幕になります。
ただし、「日本語1」はほぼ機械翻訳でほとんど意味をなしません。
オフィシャル翻訳の「日本語2」にするには、次のように操作します。

1.「CC」ボタンをワンクリックする。
2.表示される画面の右側にある赤いスライドを一番下までドラッグする。
3.「日本語 2 - オフィシャル版」をクリックする。
※ただしオフィシャル翻訳もまだまだ改善の余地があるので、現在協力を打診しています。
以上です。では、お楽しみください!



それは、4か月以上前の2011年5月7日の夜、このつぶやきで始まった。

これは、一体・・・?2時間40分もあります。でも見応えありそう・・・。 
まさかその後、2日間もかけてこの動画(↑)をじっくり視聴しながらツイートするとは思わなんだ。 リアルタイムで視聴しながらツイートしていたので本当にまとまりがない。そこで、実は、このツイートの記録はすでにトゥギャッターにまとめてあるのだが、なにしろメンションして下さった方々にブログ掲載を約束してから、はや4か月……ごめんなさい(._.)

以下は、その全記録を読み物“的”にまとめたものです。大変お待たせしました!

ただし、必ずしも序章から全てを記述したわけではなく、
あくまでつぶやきメモをブログ化したものなので、
その旨どうぞご了承のうえご笑覧ください。




『ZEITGEIST Ⅲ : MOVING FORWARD 時代の精神』視聴の全記録

視聴記録Ⅲ(第三章後半) - 資源ベース経済
視聴記録Ⅳ(最終章) - 価値体系の機能障害



2011/09/20

脱原発:9・19さよなら原発パレードに関する豪ABCの報道

(ニュース動画と記事原文



Japanese march against nuclear power


原発反対を掲げ行進する日本の人々


放送日:2011年9月19日
番組名: 豪ABC、LATELINE
キャスター:Ali Moore(アリ・ムーア)
レポーター:Mark Willacy(マーク・ウィラシー)


フクシマ原発のメルトダウンが起きてから半年。
約6万人が街に繰り出すという最大規模の反原発デモが東京で行われた。
ムーア・キャスター: フクシマ原発のメルトダウンが起きてから半年。約6万人が街に繰り出すという最大規模の反原発デモが東京で行われました。新しい首相が依然として原子力が必要であることを示唆する中で、デモに参加した人々は日本政府に対し「原発依存体制」に終止符を打つことを訴え続けました。

そしてつい先日、前首相の管氏は、メルトダウンの直後に、東京やその周辺地域から3,000万人を避難させることを検討していたことを明らかにしました。

北アジア担当特派員のマーク・ウィラシーが東京からレポートします。

ウィラシー記者: 日本の反原発デモで、警官よりもデモ参加者の数が多いというのは、きわめて珍しいことです。デモ主催者側は、5万人の参加を見込んでいましたが、実際は、実に6万人がこのデモに参加したとのこと。福島も含め日本中から参加者が集まりました。

福島在住のコグレトシカズさん: このデモは日本国民の総意を表明するものです。私たちが言いたいのは、日本に原発は必要ないということ。再生可能なエネルギーに転換すべきなのです。

ウィラシー記者: 
デモには、ファッション・デザイナーやホームレス協会、芸能人、会社員、主婦らが参加し、彼らの演説に涙する人々も多く見受けられました。

デモ参加者のキミガキケイコさん:
 福島の原発災害はすべての日本人を不安に陥れました。新しいエネルギー資源を活用して原発依存をなくさなければなりません。だから、6万人もの人々がここに集まったのです。

ウィラシー記者:
 公園の中で抗議の声をあげ、その主張を唱えたあと、デモの参加者らは東京の街に繰り出しました。その数は増え続け、彼らの行進はいくつかの区をまたがる範囲にまで膨れ上がりました。

これだけの規模のデモが起こるまでに半年の期間を要しましたが、日本の反原発ムーヴメントは遂に一定のモメンタム(勢い)を得たようです。このデモは、フクシマのメルトダウンが起きてから最大規模のものとなりました。新首相が原発の維持を示唆するなか、このムーヴメントが抱える課題は、今後いかにしてこのモメンタムを維持するかにあります。

実際、今週予定されている国連総会の場で野田佳彦新首相は、少なくとも当面の間、日本経済が引き続き原子力に依存せざるを得ない状況にあることを表明する予定です。

彼の前任者はの管直人氏は、段階的な依存解消を望んでいました。

総理の重責から解放され、災害時の首相だった管氏は当時、メルトダウンの直後、最悪のシナリオとして、東京やその周辺地域から3,000万人を避難させることを検討していたことを明らかにしました。最終的に、そういう結果にはならなかったものの、もし仮にそうなっていたら、日本は国家として機能できなくなっていただろうと、管氏は振り返ります。

しかし、何万人もの人々が声をあげて政府の政策や原発企業の方針に異を唱えることができるのであれば、日本は国家として十分に機能しているといえるのではないでしょうか。

(了)



にほんブログ村 環境ブログ 原発・放射能へ(巻末資料)各キーワード別の現在の報道 

2011/09/10

脱原発:引責辞任した鉢呂元経産相を支持する表明

英語原文

辞任会見する鉢呂大臣

アメリカが忌まわしい日を迎えようとしているなか、自民党の石原伸晃幹事長は、9・11についてこれを「歴史の必然だった」と発言したとされている。またその父の石原慎太郎東京都知事は、3・11についてこれを日本国民への「天罰だった」と発言したことが知られている。

今日、新任の鉢呂吉雄経済産業大臣は、福島を「死の街」と形容したことについて辞表を提出し、これを受理された。現役の大臣が1回の不適切とされる発言で辞任する一方で、前述の石原親子は既成マスコミの庇護のもと、その権力を維持している。

日本の社会正義と報道倫理の深刻な現状を如実に示す出来事である。

鉢呂大臣の辞任は、決して単独で起きた出来事ではない。

福島はどのようにして「死の街」と化したのか。誰がそうさせてしまったのか。
鉢呂大臣の方針はどうだったのか。これらの単純な問いかけをするだけで、
真相が透けて見えてくる。

不適切とされる発言に対する明らかに不公平な扱いを除けば、鉢呂大臣は福島の真の実情を残酷なまでにリアルに表現したともいえる。鉢呂大臣は、情熱溢れる国士だった。彼には大臣として、福島を着実に復興し、回復させ、脱原発社会を目指すという明確な方針があった。彼には大臣として、知り得た事実があった。それは、か弱い者にとっては残酷な事実でしかなかったが、知らせる必要のある事実だった。地元福島の人々だけでなく、日本人全体が真実を知り、現実と向き合う必要があったからだ。

彼の言葉は、こうした文脈で語られたのである。

これまで、政府は人々に真実を伝えてこなかった。人々は、何も問題はないと信じ込まされてきた。この虚構を、鉢呂大臣は打ち砕いた。福島の人々を含む、多くの日本人が、鉢呂大臣はこれまで誰も口にすることすらできなかった真実を訴えたのだと捉えている。誰もがむしろ、それを恐れたからだ。

鉢呂大臣は、真実を語るという、既得権を維持したい一部の人間にとって不利益となるタブーを犯したことで、辞任に追い込まれた。既成マスコミはこの罠を仕掛けるのに大きな役割を果たした。鉢呂大臣は、この罠にいともたやすく嵌められてしまったが、少なくとも彼は私たち国民に嘘はつかなった。

私たちは、そのことを大切に思う。

先行きが不透明で、情報も錯綜するなかでは、福島はまさにいずれ、誰も住めない「不毛の地」となってしまう。鉢呂大臣は、福島という地とその地に住む人々が直面するのこの暗い、現実的な展望を率直に述べたに過ぎない。彼の人々に対する率直な言動は、仮にそれが報道陣に対する不適切とされる行動を伴ったものだったとしても、称えられることはあっても、批難されるべきものではない。

私は、福島の人々、そして日本の人々がみな、鉢呂大臣の辞意は止むを得ないこととして受け入れつつも、決して彼の過失を責め立てない良識を持つことを信じる。

A statement of support for the recently resigned Japanese Trade Minister Yoshio Hachiro


(Click here for a Japanese translated version)

As America approaches the day of infamy, LDP's Secretary General Nobuteru Ishihara reportedly commented on 9-11 as being a "historically inevitable" event. Earlier, his father and Tokyo Governor Shintaro Ishihara also commented on the 3-11 as being a "divine punishment" to the people of Japan.
Today, newly appointed Trade Minister Yoshio Hachiro tendered and was accepted his resignation for calling Fukushima a "no man's land." Meanwhile, the two Ishihara's remain in power with the protection of legacy media, while an incumbent minister resigns for a single inconsiderate remark.

This shows the gravity of the lack of social and media justice in today's Japan.

The resignation of Min. Hachiro is not an isolated case.

How did Fukushima become a "no man's land"? Who was responsible?
What did Hachiro stand for? The obvious lies in these simple questions.

Aside from the 'unequal treatment' of inappropriate statements, Hachiro depicted the true nature of Fukushima with brutal realism. Hachiro was a dedicated stateseman. He had plans to reconstruct and revive Fukushima and head for a nuclear-free energy society. He had hard knowledge as minister of the truth. A truth that was unbearablle for the weak-hearted but was necessary to be makde known. Not just the local people but the whole of Japan needed to know this truth and come to grips with the reality.

This is the context of his words.

But until now the governmentt witheld the truth from people. We were made to believe that nothing was going wrong. That was a lie he uncovered it. Many people in Japan, especially Fukushima, believe that Hachiro was delivering the truth that none other could dare. They instead feared it. Minister Hachiro was unjustifiably pressured to resign because he spoke of the truth--a taboo for those who want to maintain their businesses. The mass media took large part in staging this trap, and though he carelessly fell for it, he did not lie to his people.

That's what we value.

With all the uncertainties and misinformation, Fukushima will indeed be a "no man's land" for nobody will return to the futile land. Minister Hachiro spoke of a gleam but real prospect of the land of Fukushima and its people. His action and words shall not be criticized, but his truthfulness to his people should be commended instead, despite his alleged misconduct or carelessness to the member of the press. I believe the people of Fukushima and Japan as a whole would stand for him, while accepting his resignation but forgiving his shortcomings. 

2011/08/09

銃社会アメリカに渡る


実は、私はまもなくアメリカに向けて旅立つ。

アメリカの歴史上、様々な社会運動の中心地だったカリフォルニアに住む姉夫婦の元で療養生活を送るためだ。何の療養なのか、そのことにはここでは触れないことにする。

自他ともに認める「異邦人」である私にとって、アメリカは、いわば「アナザースカイ」。
第二の故郷である。

しかしアメリカを愛してやまない私にとって、無視できないアメリカの病巣がある。
それが医療の現状であり、銃社会の現状である。

最近、シッコ」「ボウリング・フォー・コロンバインなど、マイケル・ムーア監督の作品や、「ガープの世界」「ミルク」など、アメリカの活動家たちの生涯を描いた映画を立て続けにてみている。とくに「ミルク」は、これから行くサンフランシスコの街が舞台で、近年全米で第2番目にゲイの結婚を認めたカリフォルニア州で、まだゲイの権利が認められていなかった70年代に、命を賭して米史上初めてゲイで公職についた活動家の自伝的作品だった。

これら全作品に共通するのが、時代を越えて存在するアメリカの銃社会の病巣だ。

実はつい今しがた、「ガープの世界」を見終わったのだが、その衝撃のラストに私はしばらく今までにないほど強い鳥肌が立つのを感じた。そしてそれは持続した。感動の鳥肌ではなく、嫌悪によって精神が圧倒される感覚の鳥肌だった。映画の中の世界・出来事だと理解しつつも、それを制作者に想像させてしまう、「おきまりのパターン」にしてしまう思考の安易さに恐怖したのだ。つまり、主人公が活動家など違う主義・主張・思想の持ち主に殺されるエンディングは、身近に感じやすいという病巣だ。つまりそれって、現実感があるってことではないか!

自由の世界アメリカでは、多くの活動家や、思想家、政治家が、志半ばで文字通り「凶弾」によって倒れてきた。そしてその凶弾は、常に、一般の市民の持つ銃から発射されてきた。市民に銃を持つ権利が認められているためだ。そしてこの権利は、権力者によって悪用され、市民は権力者の目的を果たすための道具に成り下がった。

1994年、コロンバイン高校での忌まわしい銃乱射事件の直後、全米ライフル協会(NRA)会長のチャールストン・ヘストンは、そのコロンバインの地で集会を開いたという。このことについて、マイケル・ムーア監督が映画の中で問いかける。「なぜ、集会を開いたのか。あのような事件の後にそのようなことを行って、無神経だったとは思わないのか」と。

ヘストン会長は最後まで言葉を濁し、明言を避けたが、勢いでつい本音を漏らしてしまった。


銃を持つ権利を否定されないためだ」と。



ムーア監督のインタビューに答えるヘストン会長(英語のみ)

正直、狂ってるとしか思えなかった。ヘストン会長が、ではない。
ヘストン会長のような考え方を肯定することを許容するアメリカ社会がだ。

アメリカには、ひじょうに多様な価値観が息づいている。人種のるつぼともいわれ、まさに世界の縮図というくらい多くの人種が入り交じっている。全盛期のローマのようである。

ところが「るつぼ」というのは大いなる錯覚で、実際は交わらないミックスサラダ」というような形容が正しい。言ってみれば、大きなサラダボウルに、それぞれのテイストのサラダがきっちりテリトリーを決めあって区分けされて存在しているのだ。るつぼなんて、とんでもない(実際、その“区分け”具合をアメリカの大学で体験した)。



マイケル・ムーアの描く「3分で分かるアメリカの歴史」 (英語のみ)

銃社会そのものではなく、このテリトリー争いの実像を描いた作品もある。ずいぶん前にレビューを書いたことがあった(といっても五行歌だが)が、いまだに記憶に残っている。「フリーダムライターズ」という作品だ。自由のただ乗り論、フリーダム「ライダー」ではなく「ライター」である。

この作品の中では、ある公立高校の実在の教師が、どうやってテリトリー争いに明け暮れる生徒たちに本音を描かせ、それを求心力として異なる人種からなる生徒たちをまとめたかが描かれている。そこから見えるのは、単に銃社会アメリカという姿ではなく、異なるものを許容しない」閉息社会アメリカの姿、病巣だった。

保守対リベラル、公民権運動対白人至上主義、同性愛者の権利主張対排斥主義、女性の権利向上対女性蔑視、キリスト教原理主義者対一般のキリスト教徒または他宗教の信者。

うした主義主張の違いを認めず真っ向から対立する病巣。

そして、ヒスパニック系、アジア系、イタリア系、黒人、白人などが互いにテリトリーをめぐって争い続ける病巣。

銃社会というのは、実はこれらの争いをより醜くしているに過ぎない。銃の所持が問題なのではなく、自分の権利行使のために、他人の権利を無視して、銃を使用してそれを実現しようとすることが問題なのだ。そしてその風潮を疑問視せず、未だに全米で銃の使用禁止を実行できない政府の問題なのだ

合衆国憲法において認められる、right to bear arms という武器保有の権利は、自分の主義主張を突き通すために認められる権利なのだろうか。あるいは、他人の主義主張を排するために認められる権利なのだろうか。あるいは、自己や愛する者のみを守るために認められる権利なのだろうか。そのために、予防的に殺人を犯したり、疑心暗鬼から殺してしまうことが、正当な権利として認められているのだろうか。

もちろん、予防的であれ、疑心暗鬼にかられたものであれ、殺人は犯罪。犯罪が裁かれないという訳ではない。ちゃんと各州法に基づいて法の裁きは行われれる。そこに問題はない。問題なのは、犯罪を行使できる武器の保有を、憲法上の権利として認めていることだ。

アメリカの凄いところは、こうした正当な権利として疑義のある権利であっても、憲法上の権利として死守してきたところだ。本当に凄まじい国だ。

もちろん、連邦制なので州によって憲法の適用範囲が異なり、銃保持を認めない州もある。だが基本、憲法上の権利として尊重する念が先にあり、それに対して制限を設けるという形で、各州では武器管理を行っている(もはや、単に「銃」とはいわない)。

マイケル・ムーア監督も作中で述べていたが、アメリカは寛容な社会ではない。それは、単に自由には責任が伴うという正論の意味ではない。「アメリカ的でない」異なる価値観、主義、主張に非寛容的な社会なのである。

では「アメリカ的である」とはどういうことなのか。
このことを、アメリカ社会はずっと暗中模索している。

まるで思春期の少年のように。

まだ自愛と他愛の境界線のわからない思春期の少年に、自己を愛せ、他人を自己のように愛せと社会に教えられても、その通りに実行はできないだろう。アメリカの病巣はまさにそこにある。自分の愛し方も、他人の愛し方も、自分の尊重の仕方も、他人の尊重の仕方もわからないうちに、「正しいあり方」を植え付けられ、洗脳され、「自己」を失い、周囲の価値観に埋没し、排他的になる。そしてその排他性は、武器を得たことにより凶暴化、凶悪化する。

アメリカほどあけっぴろげに、歴史上の人物が暗殺されてきた国はない。
よく言われることだ。しかしそれはなぜなのか。

なぜアメリカでは未だに、暗殺が横行するのか。なぜ、堕胎クリニックが手投げ爆弾による襲撃を受けるのか(在学中実際に起きた)、なぜユダヤ人を悪く言いうと社会的制裁を受けるのか(なぜニューヨークでこれがタブーなのか)、なぜゲイは肩身の狭い思いをし続けなければらないのか、なぜ黒人が高い社会的地位を得ると、それが実力によるものだと思われないのか、なぜ黒人に高い地位を与えることがその人間の公民権意識の高さを表すいびつなバロメーターになるのか(なぜその程度のことで賞賛されるのか)。なぜ仕事を他人種に奪われることが純粋に自分の能力・実績に起因することだと素直に思えないのか。

なぜ他を憎悪するのか。できるのか。
なぜ殺したいほどに人を憎悪するのか。できるのか。

現地でしっかり見つめてこようと思う。
生身のアメリカの姿を。

2011/05/04

憲法記念日に届いた平和活動家タネモリタカシさんの言葉

2011年5月3日 憲法記念日

広島原爆の被爆者で、アメリカに渡った平和活動家タネモリタカシさんから憲法記念日の今日、メールが届く。メールには、「私の敵は何か」というタイトルで、昨夜遅くに眠れずに書き上げたというタネモリさんの気持ちが綴られていた。それを、静かにタクシーの中で読んでいる。

いま突然激しくなり始めた雨が、タネモリさんの慟哭の叫びのように聞こえてきた。

彼の文の題名は「WHAT IS MY ENEMY」だった。単純明快「私の敵は何か」だ。平和活動家の彼にとっての敵とは「何」だろう。タネモリさんは溢れ出す思いを書き綴った。

文の内容の殆どは、ビランディン殺害について歓喜に包まれるアメリカのことだった。地元のカリフォルニアで、間近でその声を聞き、姿を見ている彼は、言い様のない感情に囚われ、眠れない夜を過ごしたという。なぜか。

それは彼の生い立ちにある。

タネモリさんは7歳の時、広島への原爆投下で、家族の殆どを失った。彼は「より多くの命が失われるのを防ぐために行った」とするアメリカのレトリックを許せず、17の時に単身アメリカに渡った。復讐のために。

タネモリさんは、アメリカの何もかもが許せなかった。戦争に戦争を重ねてもそれを正当化し続けるレトリック、それを国を挙げて支援する国民性、正義のないところに大義を作り上げ最終的に自らの行いこそ正義だとする傲慢さ。

すべて、許せなかった。

彼がアメリカに渡ったのは、そうしたアメリカのレトリックや偽りの正義を自ら身を持って示し、糾弾するためだった。そしてそのために活動した。戦後すぐの時期で日本人が渡って何かを成し遂げることは、決して容易ではなかった。それでも彼は敵地アメリカに留まった。

戦後60年以上が経ったいまも、彼はアメリカに留まっている。そして、活動を続けている。だが、それは広島の惨状を訴えるためにではない。アメリカを追求するためでもない。アメリカに復讐するためでもない。

アメリカを赦すためだ。

彼はいまとなっては、アメリカを憎み続けてきた自分を恥じている。ただし、そんな自分を赦してもいる。アメリカを赦せるように、自分も赦している。そうしなければ、憎しみに囚われて自分自身が忌むべき存在になってしまうからだ。

いや、そうなってしまった過去があるからこそ、そういう自分を捨てた。

アメリカにいる間、タネモリさんは数々の「アメリカの戦争」を見てきた。アフガン戦争もそのひとつだった。そしてその戦端を開いた911も、アメリカ国民として経験した。アメリカを赦せるようになった彼は、911の時に祖国のために泣いた。そして…502が訪れた。

ビンラディンが殺された。

911の戦争の首謀者が、死んだ。911で亡くなった人々の仇討ちがなされた。彼らの死が報われた。そして自分の周辺は歓喜に湧くアメリカ国民で溢れている―そんな状況が、なぜか彼を眠れなくさせていた。なぜだろう?

それは、オバマ大統領の演説でまた「歴史的な瞬間」という言葉が呟かれたから。またアメリカは、自らの正義が示されたと、誇りに思っていて、それが国民に伝搬して、アメリカ中が「正義は為された!」と歓喜に沸いていたから。

半世紀かけてアメリカを赦すことを決めたタネモリさんでも、違和感を感じた

眠れぬほど、アメリカを否定したい思いと、自分が培った赦しの心を否定したくない思いとの間でせめぎあって、タネモリさんはこうそれを解決した。

これはひとつの「終着点」だったんだ。

アメリカの行き場のない怒りが、ひとりのテロ指導者を葬り去ったことで、一時終着を見ることができた。そして、これ以上あのような惨劇を目の当たりにすることを恐れないで済むんだ。罪のない人たちの命が失われなくなる。「そのこと」を喜ぼうと。

眠れないほどの葛藤を抱えたタネモリさんが出した、ひとつの出来事に対する彼なりの受け止め方の表明だった。そしてそれを、彼は、誰かに伝えたくて、言葉に残した。簡単に赦せるものではない。簡単に受け入れられることではない。でも受け入れた。赦した。

彼なりの平和哲学を貫いた。その、訴えだった。

最後に彼は、こんな言葉をしたためた。

"NO MATTER WHAT CIRCUMSTANCES, NO MATTER HOW MUCH WE THINK WE ARE DIFFERENT AND THEREFORE DESERVE TO SEEK REVENGE, WE CAN ALL CHOOSE TO FORGIVE!"
「どんな状況に置かれても、そしてどんなに(彼らが)自分達とは違うと思い、だから自分には(彼らに)復讐する権利があると思っても、私たちは(彼らを)常に赦すことを選ぶことができる」

広島で原爆に被爆し、家族の殆どを失い、復讐のためにアメリカに渡り、その生涯を平和活動のために費やした、タネモリタカシさんの言葉

平和省という、平和を司る省を創設する活動の会議に向かう私にとって、この言葉はどうしても、伝えたい言葉でした。皆さんともこうして共有することができて、よかったと思います。

終わり。

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タネモリタカシさんのプロフィール
出演映画『ヒロシマ・ナガサキ・ダウンロード』での案内

胤森貴士トーマス(タネモリタカシ)
広島市出身の詩人、画家、平和活動家。
7歳の時、爆心地から1.2キロで被爆し、両親、妹、祖母を失う。
17歳で親の仇を誓い、渡米。長年の苦しみを経て、怒りから赦しへ転換する。
現在、カリフォルニア州バークレー に盲導犬ユキちゃんと暮す。