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World News Updates - 国際ニュース速報

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2015/11/20

【和訳】「表現の自由」に関する国連特別報告者がブログで綴った日本への公式訪問「中止」の経緯

20日付東京新聞朝刊より
来月12月1日から日本で訪問調査を行う予定だった国連人権委員会の「表現の自由」に関する特別報告者(Special Rapporteur on the Promotion and Protection of the Rights to Freedom of Opinion and Expression)である デビット・ケイ(David Kaye)氏は17日、先週14日に日本政府により突如、訪問実施の「中止」を伝えられた事実を自身でFreedex(※)のブログに綴った。以下はその全文の翻訳(英日併記)。
Freedexとは: 国連特別報告者であるケイ氏が個人として所属大学であるカリフォルニア大学アーバイン校(UCI)法学部の『国際司法クリニック』とのコラボレーションで運営する「表現の自由」(Freedom of expression)問題に関する活動サイト。サイトの免責事項には「当サイトは国連人権高等弁務官事務所により管理運営されておらず、その内容は国連の公式な立場を表すものではありません」と記載されている。 

Cancellation of Official Visit to Japan

日本公式訪問の中止
During my presentation before the Third Committee of the General Assembly in October, I was able to announce that the Government of Japan had issued me an invitation to conduct an official visit from 1 to 8 December. A visit would be an important moment to evaluate certain aspects of freedom of expression in the country, such as the implementation of the 2013 Act on Specially Designated Secrets (about which the Human Rights Committee expressed concern last year), online rights, media freedom, and access to information. I have previously met with Japanese officials and members of civil society to learn more about these issues and looked forward to a productive visit.

10月に国連総会第三委員会でプレゼンを行った際、私は委員会に対し、日本政府から12月1日から8日にかけての公式訪問に対する招待を受け取ったことを報告していた。この訪問は、2013年制定の「特定秘密保護法」の実施(国連自由権規約委員会が昨年懸念を表明)、インターネット上の権利、報道の自由、知る権利など、日本における表現の自由に関する一定側面の評価を行う重要な機会となりえた。
We had been deep in the work of setting up meetings and preparing for the visit. Unfortunately, last Friday, the Permanent Mission of Japan in Geneva indicated that my visit would not take place as the Government would not be able to arrange meetings with relevant officials. The Government suggested postponing the visit until the fall of 2016. 
これらの問題について過去に日本政府や市民社会の関係者の方々と協議してきこともあり、私は今回も建設的な訪問になるであろうと期待し、会合の設定や訪問準備にも深くコミットしてきた。しかし残念なことに先週金曜日、駐ジュネーヴ日本政府代表部は、関係する政府関係者との会合を調整できないため、訪問は実施できないとして、2016年秋まで訪問を延期することを提案してきた。
I asked the Japanese authorities to reconsider their decision, but the Mission confirmed to me yesterday that the visit will not go forward and is now canceled.  Of course, I hope that the visit will be rescheduled. In the meantime, we will continue to engage with the Government – as we do with all governments – through regular communications, meetings in Geneva and New York, and other opportunities as they arise.

私は日本政府当局に対し、決定を再考するように要請した。しかし昨日16日、駐ジュネーヴ日本政府代表部は、公式訪問は実施されず、中止となったことを正式に私に伝えた。無論、私としては新たに訪問日程がスケジュールされることを希望するが、同時に、他の政府と同様、日本政府には、日常的なやりとりやジュネーヴ、ニューヨークでの会合やその他の機会を通じて引き続き働きかけていく。
2015/11/17 David Kaye

2015/10/26

【コメント】イラク戦争の総括が未だ行えない日本~ブレア英元首相の「謝罪」報道を受けて~ #安保法制



及び腰な国内報道


長年「対イラク武力行使」として議論されてきたイラク戦争の正当な総括が、遂に戦争の最大の当事国の一つである英国の当時の元首相からもたらされた。このこ と自体は感慨深い。しかしその報道のされ方が、戦争に賛同したこの国において、やや”及び腰”であることには不満をおぼえる。

今回ログルでまとめた英紙デイリーミラーのハイライトは、英紙が報じたそのままのものだ。つまり、米英が始めた戦争の最大の当事者の一翼を担った英国のメディアは、あくまでブレアが戦争の過ちを認め謝罪したことに焦点を置いた。戦争当事国としての一大ニュースはその一点にあるのだ。


ところが国内の報道では、ブレアが「サダム失脚については謝罪しない」としたことを、さも両論併記の原則を保っているかのように報じる。CNNの番組につい て初報を打った英紙デイリーミラーでは「謝罪した」ことにフォーカスが置かれ、全世界の報道がそのことでもちきりなのにもかかわらず、だ。

また朝のツイートでも指摘したが、国内で初報を報じたとみられる朝日の記事は、その翻訳の内容からしておかしい。まるで、ブレアの発言の重さを”相殺”するかのような、実に恣意的な訳になっている。これで”両論併記”すれば、総合的には「謝罪しなかった」ことにウェイトがかかる。

なぜ報道価値があるのか


英紙デイリーメールがハイライトした3つのポイントは、ブレアが、①イラク攻撃理由となったインテリジェンス(情報)が誤っていたこと、②IS台頭を招いた (力の空白を生んだ)”第一の要因”であるという指摘に「幾分か事実」(element"s" of truth)があること、③現在のシリアの戦乱に至るまでの状況を生み出した責任があることを、それぞれ大筋で認めたことにある。

たしかにCNNの対談では、ブレアは「サダムを排除したことについては謝罪できかねる」と、結果的にサダムを失脚させたことの功績については頑なに否定しな い。しかし世界の関心事は、「認めなかった」ことよりも、「認めたこと」にある。戦闘終結後長年責任を”一切”認めなかった当事者が戦争の誤りを謝罪した のだから、それこそが伝えるべき価値なのである。

イラク攻撃の支持とイラク自衛隊派遣については、どのような教科書通りの 理屈があるにせよ、当時としては大規模な数万人規模の反対デモが行われたことを記憶している。同時期、お隣の韓国を含めた関係各国では数十万人規模だっ た。そのくらい、「正当性の無い戦争」として世界に見られていた戦争だった。

この”正義なき戦争”を(”正義のある戦争” などもともと存在しないが)、諸手で支持・支援した当時の自公政権、そしてその"後始末"であるイラク復興支援へという名の戦地自衛隊派遣に賛同した人間 は、イラク戦争がもたらした結果を重く受け止め、その道義的責任を負わなければならない。

はからずもこの戦争の最大の当事 者の一翼を担った英国首相は、現在のシリアの混迷した状況を生み出した要因がイラク戦争にあることを大筋で認めた。また単に「一理ある」という月並みな表 現ではなく、「幾分か事実」であることを認めた。つまり幾つかの事実が連なって今の状況を生み出したという認識を示したのである。これは実に重大な発言 だ。

中途半端に行われた政府内検証

では、まず①イラク攻撃を支持し、②その後始末の復興支援のため戦後史上初の戦地派遣というリスクを負ってまで自衛隊派遣を行ったわが国の政府はこのことをどう受け止めているのか。実は2012年12月、安倍政権の発足前、外務省により検証がなされていることは広く知られていない。

ただし、この検証報告には「日本政府が米英等の武力行使を支持したことの是非自体について検証の対象とするものではなく」という但し書きがついている。あく まで「外務省内における検討や意思決定過程」の検証であり、政府全体のものですらない。つまり、安保法制に基づく今後の集団的自衛権の行使に至る判断基準 を検証するものではない。

事実、外務省は「結果的にイラクに大量破壊兵器が発見されなかった現実がある中で,改めてこの期 間の政策決定過程を検証し,もって教訓を学び,今後の政策立案・実施に役立てるとの観点から行ったもの」でしかないことを認めている。もとより検証不足で あることは承知の上での公表なのである。

尚、この政府の検証内容に対し、JVC(日本国際ボランティアセンター)を含む国内の市民社会組織(CSO)6団体は、「検証の内容は不十分」として一蹴し、報告書の全面公開を要求した。だが2015年現在、この要請は受け入れられておらず、また国会内でもこの報告書を検討した事実は確認されていない。

参院での安保法制の審議の渦中、山本太郎議員がイラク戦争の総括を求めた背景には、こうした事実があった。民主党政権下で政治主導の下で行われた「検証」作業は、結局外務省の対応のみを検証するもので、政府全体とくに官邸側の判断を検証するものではなかったからだ。

山本太郎参議の審議で情報提供面で協力したとみられる、フリージャーナリストの志葉玲氏が事務局長を務める「イラク戦争の検証を求めるネットワーク」 がいまも活発に活動している背景には、政府による検証努力が不十分であり、かつ、その中で安保法制により、「次の戦争」に加担する体制が作られようとしていることがある。

先 日10月25日放送の『NHKスペシャル「新・映像の世紀」』の内容は、百年前の1918年に終結した第一次大戦の結果が、いかにして現代まで連綿と続く紛 争の要因となっているかを紐解いた。ではほんの十数年前の戦争は、現代の何の状況に影響しているのか。政府の一部の政策検証等で足りる問題ではない。

英国のブレア元首相は、イラク攻撃が、結果として「サダム失脚」の功績を生んだことを否定しないまでも、現在のIS台頭を招いた要因となったことを認めた。戦争には因果があり、それは次なる戦争の呼び水となる。この真理を認めたも同然なのである。

将来に大いなる禍根を残す安保法制の成立

わ が国の政府は国民の多くの反対を押し切り、国会規則すら満足に守らず、数の暴力によるゴリ押しで、同盟国米豪との共同軍事作戦を可能にする安保法制を成立 させた。満足な歯止めもなく、時の政権の政治的判断により、イラク戦争のように米国の戦争に賛同・支持し、又は参加する蓋然性が高まったのである。

イ ラク戦争時の政府全体、とりわけ首相官邸での意思決定・政策立案・検討・指図内容、責任の所在などの検証は、本来、安保法制を検討する時に、重大課題事項 として国会全体で検証されるべきことだった。また報道も、この必要性を強く主張し、現在に至る疑義のある政治判断として世論喚起を行うべきだった。

こうした総合的な検証と、これに対するメディアの批評による国民全体での検証なしに、私たち日本国民は安保法制という次なる戦争への安易な加担を可能にする法制を成立させてしまった。



イ ラク戦争がIS台頭と多くの難民を生み出す大きな要因となったように、これから日本が加担する将来の戦争も何らかの負の結果を生み、その【直接的責任】を 私たちや次の世代は負うことになる。集団的自衛権の行使容認により「戦争できる国」になるとは、そういうことなのである。


このことが意味する重大さの自覚なしに安保法制を支持し賛同した人間の発想は、安易で、短絡的で、かつ、利己的であると言わざるを得ないだろう。自らの思想信条を優先したがゆえに、将来に渡って、国全体に大きな業を背負わせることになるのだから。

2015/10/11

【和訳】「これがハスミトシコへの私の答だ」と英国人アニメーターがカウンター #そうだ支援しよう


難民危機 - 子ども達を守れ
Refugee crisis – save the children


今日、私の頭は、ある「人種差別的」だと言われる日本の漫画イラスト画像のことで一杯だった。最初は、ジョー・サッコ(Joe Sacco)のような"天才的な"アーティストが描くような差別的な描写なのだろうと思っていたが、その漫画イラスト画像は、明らかに元の写真では笑みを浮かべていない少女がベースになっていた。だがイラストの方では、ニヤつくような描写があった。これは何か独特なスタイルなのかと思っていた。

そのイラスト画像は、この記事の一番最後に載せてある。

後になって、イラストの日本語のテキストを翻訳した記事を読んで、嫌悪感で一杯になった。あまりに一杯で、自分のメッセージとともにイラストを自分で描き直さずにはいられなかった。

その結果がこれである。

ウィルソン氏のオリジナル・コラ画像(英語版)

ちまこ氏による和訳貼り付けコラ画像

このイラストは、6歳の女の子ジュディ(Judi)の写真を元にしている。漫画らしいスタイルを残そうとしたが、元の[写真]により同調的な仕上がりになっていればと思う。

このとても小さな女の子は、テントの街にいる。彼女がそこにいるのは、彼女の家族が、彼女を戦場から離そうとしたから。彼女自身がそう選んだからではない。彼女には、同情や憐れみ、そしてリスペクトが寄せられるべきであって、ハスミ氏が行ったような無粋な嘲笑の的とされるいわれはない。





グラスゴー(スコットランド)では、スコットランド議会のハムザ・ユサフ(Humza Yousaf)議員がよく、難民を歓迎すべきだと主張している。




私には、これは私たちの道義的な責務であり、文明国としての責任だと思える。それ以上に、EUでの国民投票が、前回の選挙の時のように、移民問題に落とし込まれないようにしなければならない。

難民危機は今後、何年ものあいだ続くだろう。これは、私たちが欧州の中にいるか外にいるかの問題ではなく、またブリュッセルで大規模な改革を実施する機会を失うからだとか、EUというプロジェクトを棄てて欧州各国で同盟を作ろう、とかいう話でもない。

私たち [欧州市民]は、(1)差別主義者や偽善者に議論を支配させてはならず、(2)戦争の被害者に対する適切な対応を主導し、(3)救いを求める人びとに対して常にオープンでなければならない、ということなのである。


オリジナルの宣伝(advert)では、こんなことが日本語で書かれていたらしい。




アーティストのハスミトシコは、Change.orgのキャンペーンを受けて、画像を削除した。だが、本当の侮辱は、イラストよりもその文の内容にある。文の内容を把握すると、イラストの存在意義は全く異なるものになる。女の子の表情がはっきりしすぎているし、にやつきすぎている。きわめて失礼な描写なのである。

「それでも私は、何があっても謝りません」
と、ハスミ氏は言う。

「日本とは違って、海外では自分の過ちを認めたら必ず法廷闘争で負けるからです。」
ハスミ氏はさらにこう主張する。

「このイラストは、全ての難民を否定するものではなく、本当に救われるべき難民に紛れてやってくる、より安全でより快適な生活を外国の地に求める偽装難民を揶揄したものです」と。

一方で撮影した写真家は、「シリアの人びとの窮状を貶める恥ずべき誤った表現だ」とし、「無垢な少女の子どもの肖像が、このような邪な偏見を表現するのに用いられたことに衝撃を受け、深い哀しみをおぼえる」と述べている。

日本はシリア難民は受け入れないが、シリアやイランの難民支援のため8.1億ドルを拠出することを約束した。昨年難民申請をした5000名のうち、認定されたのは11名だったという。

これはただの[支援の]始まりであって、私の日本の友人たちの多くは、この危機を打開するためにもっと為されるべきことがある筈だと感じていると思う。勿論、日本がもっとも影響を受けている国々を支援しようと考えることは間違ってはいない。


しかしハスミトシコには、疑問符のつく行動が見られる。とくに二次大戦中、日本に訪れた朝鮮人女性について、相当ネガティブなことを書いてきた。

救いは、日本でこのことに対する怒りが爆発したことだった!




Original post by: Tim Wilson
Translated by: Office BALÉS

2015/10/03

コラム:「ドイツで10万人近くが核兵器配備に反対署名」と報じるロシア国営通信の狙いから学べること

Nearly 100,000 People Protest Against US Nuclear Weapons in Germany

ドイツ当局に対し更なる核兵器の国内配備中止を求め嘆願

2015.10.01 露スプートニク

ドイツのメルケル首相、ガウク大統領、ドイツ政府に対し、10万人近い人びとが新型核兵器をドイツ国内に配備しないよう求める嘆願書に署名した。嘆願行動は、B61-12新型核爆弾20基をドイツ国内のビューヘル(Büchel)空軍基地に配備する計画が進められている中で行われた。同計画は、NATO北大西洋条約機構のニュークリア・シェアリング計画の一環として実施されており、国内外で懸念の声が発せられている。

同計画に反対する活動家らは、社会的変革を求めるプラットフォームである Change.org, を通じて嘆願行動を起こし、ドイツ連邦政府に対し、NATOによる核兵器配備への協力を停止するよう呼びかけた。嘆願書では、核配備計画を進めることはNPT核不拡散条約の第1条と2条、そして「国家間の友好を阻害する意図を持って行われる行為、とくに侵略戦争の計画は違憲であり処罰に値する」と規定するドイツ憲法の第25条パラ1に違反すると主張している。

2010年3月、ドイツ連邦下院議員の多くは、「同盟国の米国に対し、米国製核兵器をドイツ国内から撤去すること」を連邦政府に求める決議に賛成した。しかし、Focus Onlineによると、核軍縮どころか、米国は更に、広島型原爆の80倍の破壊力を持つ20基の核兵器を追加でドイツ国内に配備しようとしている。

嘆願書にはこう書かれている。

「計画が攻撃兵器の強化を目的とするものである以上、我々は連邦政府、連邦議会、及び首相、連邦大統領に対し、ドイツの国土における核兵器配備の停止を求める」と。

「情報戦」の意図を見極める冷徹な目を持つために

ドイツで広島型原爆の80倍の核兵器(原子爆弾)が配備されようとしている。これに反対する10万人規模の署名が集まった。ここまでは事実だ。だが、このことを積極的に報じているのはロシアのスプートニク(旧国営放送「ロシアの声」)だ。ここは差し引く必要がある。

「ロシアの声」は「ロシア国営ラジオ局で、1929年から海外放送を開始。ロシア政府による予算で運営されており、国際社会に対して、ロシアの生活や世界情勢に対する見方などを紹介する」ために存在する。その国営放送が、「ロシアの声」改め、「スプートニク」へと改名を発表したのは今年3月のこと。リア・ノーヴォスチ通信と合併して、世界の情報通信網を強化して生まれたのが、スプートニクだ。つまり情報戦の一環だ。

だが、ここで平衡感覚を失ってはならない。敵対する国、敵と想定する仮想敵国同士が、このように情報戦を展開することは、国際社会では常識だ。かといって、その表層の事実(敵対関係にあること)で、発信される情報を全て「情報操作」と安易に受け取ってはならない。

ロシア国営通信である『スプートニク』がドイツでの核配備問題を積極的に取り上げ世界に発信するのは、何も「情報戦」の中で比較優位に立つためだけではない。 そこには偶発的核戦争を抑止する意図も含まれている。元よりロシアも、核軍拡競争の拡大を望んではない。

冷戦時代、旧ソ連が米国に敗北した原因は経済だった。産業競争力と工業生産力を併せ持つ超経済大国アメリカは、核軍拡競争を続けてもソ連に勝てるだけの余力を持っていた。ところがソ連側は違った。ソ連経済は膨大な国防費負担で疲弊し、国民の生活は困窮した。

熾烈な核軍拡競争の末、旧ソはアメリカの強大な経済力の前に崩壊した。ロシアはこれを苦い教訓としながら、今度は経済に力を入れ、その結果として今の経済大国ロシアがある。核軍拡競争に敗れたロシアにとって、再びその呼び水となる米国の行動は無用な挑発でしかない。

ただでさえ、今は中国の経済不安の煽りで世界経済が不安定な時。こんな時にアメリカの核軍拡競争への呼び水を受け入れたら、そのままとめどのない競争に引き込まれる。しかしロシアは冷戦で重大な教訓を得た。いかに経済力があっても国防産業のみで国は成り立たないと。

こうした総合的なコンテクストで考えると、国営通信『スプートニク』がアメリカの新型核爆弾のドイツ追加配備を積極的に報じるのは、単にその計画自体を思い留まらせる国際世論を作り出すためではなく、その計画の背後にある思惑をも打ち砕くための先手なのだろう。

この『スプートニク』の記事のように、こうした国家の思惑を反映した「情報戦」というのが国際社会では日常茶飯事ではあるが、それが必ずしも好戦的な目的をもってのみ行われるものではない。平和裏に国民の平和と財産を守るための「情報戦」も存在するのだ。

しかし残念ながら、日本にはこうした高度に平和的な情報戦を展開できる能力はない。それは仮想敵国中国も同じことだ。米ソ冷戦がなぜ冷戦のままで終わることができたか。それは各国が長き冷戦を通じて、よくもわるくも成熟したからだ。が、日中関係は成熟していない。

安倍政権下、保守たる本分を忘れた、国際社会に「極右」と警戒される国粋主義的な自公政権下で、日中が現在の米ロのような情報戦を展開できると考えるのは希望的観測だ。その分、私たち国民は日中間で展開される情報戦を冷静に見極める目を養わなければならない。



Translation: Office BALÉS News

2015/09/22

(OBN) Controversial best-seller author makes another slander of island countries (06/30/2015)




Via Huffington Post

(OBN Tokyo) According to Huffington Post, best-selling author of the blockbuster war film "The Eternal Zero" made another slander of our friendly countries belonging to the  Pacific Islands Forum, the countries that Prime Minister Shinzo Abe said were "Pacific Citizens" on May 2015 at the Pacific Islands Leaders Meeting as being "poor shitty tenements". It appears to be one of his classic black jokes, according to the Post.

Best-seller author Naoki Hyakuta (Photo: Jiji Press)
According to sources, the author, a 59 year-old Naoki Hyakuta was attending a 'culture and arts' study session hosted by young LDP members from Prime Minister Abe's circle as guest lecturer on June 25 when he made the controversial remark.

The exact words, according to Asahi Digital, were:

"The small islands in the South Pacific, such as Nauru, Vanuatu, and Tuvalu, are almost sinking. If you think of them as houses, they are poor shitty tenements. There's nothing to take from them."

Reportedly, the author also mentioned Iceland in a related remark:

"Iceland is of course absorbed in ice for the entire year. No natural resources. Who would wanna take anything from that kind of country anyways?"

Hyakuta has made similar remarks in broadcast television as well. He once admitted that "shitty" was going too far, but he did again this time, and even enunciated it to make a stronger point.

Apparently, he was making these remarks in relation to the 26 countries in the world that do not own national military, assumingly stressing why these countries can do without military but not Japan.

He once made a similar remark in May last year in the LDP prefectural convention as one of the keynote speakers and was questioned by his distinguished guests in the convention. That time, Hyakuta conceded that it was 'just a joke'.

In a television talk show aired on June 1 this year, Hyakuta explained himself saying, "In the lecture, I was speaking about how the Japanese people have worked hard to reconstruct Japan in the postwar world for about 90 minutes. The talk about them (the South Pacific islands) was just a 'lead- in', a few seconds in that context."

Reportedly, the well-known friend of the ultranationalist Prime Minister Abe was speaking about national defense and was explaining how the retention of rights to exercise collective self-defense and the right of belligerency contributes to deter wars.

"Think of military in terms of houses. It acts as a 'key' to lock the doors to prevent crimes. So we need to retain this 'key'," said Hyakuta.

He then went on to compare the peaceful nations of Vanuatu, Nauru, and Tuvalu as "houses without keys," and then made that remark saying these countries are like "poor shitty tenements" and that " No robber would ever want to rob them because they have nothing worth taking."

In the TV show, he went on to explain that the full context of his speech wasn't fully covered in the newspapers.

"Though the newspapers didn't cover (in full), I mentioned that there are over 200 countries in the world, and that 20 or so countries don't have a national military. The small Caribbean and South Pacific island countries are so small that Nauru is only about a half of the Setagaya Ward in Tokyo. If you think of them as houses, it’s about the size of a poor shitty tenement. It's so poor that even robbers will try to leave some money in pitty. And then the audience all laughed," explained Hyakuta.

When other guests in the show pointed out to him that expressions like 'shitty' or 'poor' were not necessary, he rebutted saying, "I didn't want the audience to mistaken as being a wealthy tenement." He said, adding expressions like ‘shitty’ were to make things easier to understand in Osaka, where he comes from. He even said that he was once invited as a guest in a debate show in Osaka and made similar remarks but "they all understood that it was a joke so no one made a fuss about it."

When he was asked by the other guests whether he thought it was considerate of him to make such a remark, he replied, "But it's true. Isn't it?" and went on to say, "I myself grew up in the same poor tenements and I do not see shame being poor."

In the show, he continued to insist that it was "just a joke" and that he would neither apologize nor take back his remarks. But he conceded on one point and said this, laughingly:

"May be I can take back 'shitty'. That was out of class."

Naoki Hyakuta is the author of a million-seller novel "The Eternal Zero" which later became a blockbuster war film that glorified a zero-fighter pilot's heroism.

Perhaps the leaders of the Pacific Islands Forum countries should offer Mr. Hyakuta a state visit along with Prime Minister Abe to show just how 'poor' they are that they cannot even host their honored guests properly.

Compiled by Office BALES News

2015/09/21

転載:ミドルズ時代『別冊宝島』の緊急出版本『集団的自衛権が発動される時』に掲載された記事

『戦争法案に反対するミドルズ』(MIDDLEs)のスタッフだった頃、立ち上げて1か月ほど経った時に突然、『別冊宝島』のライターから取材の申し込みがあった。ムック本が緊急出版されるという話で、そのためにSEALDsと一緒にMIDDLEsも扱いたいのだという。ところが、書籍の主旨を聞いて驚く。なんと保守・リベラル、賛成派・反対派の論客を集めて「集団的自衛権」について論じる内容だという。それなら私も論客の一人に加えてほしかったが(笑)、残念ながらSEALDsに続いて活動を始めたMIDDLEsとしての取材だというので、快く応じた。1か月後、こんな立派な本↓ができあがっていた。
























しかも目次を見てさらにたまげた。そうそうたる論客(青山繁晴を除いて)で、安保法制の2法案全文も巻末付録として記載されている。資料としても一級の出来。ご覧の通りの重厚な内容だ。↓

そんな内容の中に、SEALDsの運動を扱った全体6ページのセクションがある。ひじょうに読み応えがあるので、SEALDsに関心のある方には是非読んでもらいたい。


以下、上記のハイライト部分を含めた全体の一部を、著者の許可をいただいて全文転記する。私にとっては、MIDDLEsの一員として突っ走った約2か月の一つの痕跡として残った。以下、青文字部分が私の発言と取材部分。それにしても、きれいな言葉にまとめてくれるものである。流石はプロ。

学生たちの生の声が一般の人たちの心を動かした

 SEALDsとはStudents Emergency Action for Liberal Democracy-sの略で、「自由と民主主義のための学生緊急行動」である。彼らのいちばん大きな特徴は、代表者がいないことであろう。SEALDsの顔として明治学院大学の奥田愛基さんが知られるが、彼は代表者ではないのである。
 FacebookTwitterなどのSNSを通して、自らの考え方を発信し、共感する人たちがフォローしたり、DMを送ったりすることで繋がっていった。情報共有はグループLINE。200人前後がいまSEALDsとして活動しているというが、メンバーの名簿などは存在しない。
 そんな彼らのデモでは、「守る」という言葉が多く語られている。冒頭のコールの他にも、“子どもを守れ”“未来を守れ”というのものもあるのだ。
 デモは破壊活動、というのがある種のイメージであった。それが、守るために集まり、声を上げている。15年安保闘争を主導する学生たちは、いまの平和を守りたい、という思いが強いのであろう。

以前の安保闘争では主語は「我々」だったが
現在は「私」となり、個人の意志を主張

 そして彼らの大きな特徴は、名前と所属大学、年齢を明らかにして、一人称で語ることでもある。以前の安保闘争では「我々」だった主語は、「私」となり、個人の意志を表明するのである。そして、スピーチの最後には「私はこの戦争法案に反対します」と、再度個人として語るのだ。

「個人情報を自ら明らかにすることは、現代社会では大きなリスクです。実際に、彼らの情報はネットを探れば驚くほど集められる。中には心ないものも多い」
 と言うのは、SEALDsに触発されることで生まれた、ミドルズの勝見貴弘(42歳)氏である。ミドルズとは、ミドル世代のことで、学生よりも社会経験があり、でも、社会的立場があって表立って行動するのが難しい世代の集まり、である。
「学生はまさに私たちの子どもの世代。彼らが立ち上がらなければならなかったのは、私たちがそんな社会を作ってしてまったからです」
 ミドルズもSNSを使って人を集めている。もちろん、名簿もない。
「子どもにたちに子どもを守れと先に言わせてしまった。未来を守れとも言わせてしまった。安保が必要かどうか、それよりも、まず明らかな憲法違反の法律を通すわけにはいかない。手続き論ですが、憲法を守れ、そこからはじめていきたい」
 一歩先んじてママの会も発足し、SEALDs自体も全国に拡大。高校生の団体も加わった。大きなムーブメントになりはじめているのは事実であろう。その証拠に、8月23日、SEALDsが中心になって呼びかけた、『戦争法案に反対する全国若者一斉行動』は、なんと全国で64か所で行われた。各地で学者や法曹関係者、政治家、そして若者たちがスピーチを行い、街をデモ行進したのである。会場のひとつ表参道では、6500人が集まったのだ。


2015/07/22

コラム:そろそろ「国民の安全保証」の話をしよう Time to discuss 'national security'

※原文は英語です。タイトルをクリック↑

Introduction

はじめに


今日の日本国民は、国の内と外からの二重の脅威に晒されている。国の内側には大多数の国民が反対する法制を推し進める政府があり、民主主義社会への脅威となっている。国の外側では、私たち日本人にとって決して誇れないい負の遺産を盾に、国内の政治的不満の解消のために反日を利用する”非友好的”な隣国や、非軍事的な活動を装った軍事戦略を展開する国があり、国家安全保障上の脅威となっている。これらの脅威は合わせて、日本国民に対する純然たる脅威を形成している。

そろそろ、私たち国民にとっての安全に対する脅威(threat to national security)とは何か、そして国民の安全保証(national security)とは何かを、あらためて定義する必要があるのではないだろうか。

政府がこれを語る時、彼らは私たち国民の安全保証よりも、国家の安全保障(state security)の文脈で語る。政府にとっては、安全保障(security)とは、領海・領空の確保や防護であり、経済的・地理的意味合いを含む。国民の安全や福祉(safety and welfare)よりも、領土保全(territorial integrity)が、まず念頭にある。



Safety vs. Security

「安全保証」と「安全保障」


政府の第一義的な役割は、国民と生命の財産を守ること。これは既定の事実である。しかし現在の日本では、国民が「安全」(safe)と感じることと、政府が「安全」(secure)と感じることの間で、大きな溝が広がっている。しかも、日本語ではあくまでいずれも同じ文脈で、でも異なる意味で、「安全」と表現される。

現在の政府にとっての「安全」とは、情報の流れを統制し、自らが定義する「反社会的な活動」から公共秩序を守り、ヒト・モノ・アイディア、そして思想信条までを統制することを意味する。彼らにとって「安全保障」とは、国境の管理であり、領土保全が為されることを意味する。

政府にとって「安全」とは「統制」(control)なのである。

私たち国民にとって「安全」とは、食糧について安全と感じること、権利を自由に行使できること、不平・不満を自由に述べられることを意味する。国民にとって「安全」とは、十分な情報を検討した上で選択する自由(informed choice)が保証されること、自分や自分の家族の健康に影響するような事態から自主的に避難する自由(freedom of movement)が保証されること、テレビやインターネット、教育などによりプロパガンダ的な有害な情報を注入されない自由(freedom of information)が保証されることを意味する。

私たち国民にとって、「安全」とは「自由」。恐怖や欠乏からの自由(Freedom from fear or want)なのである。

つまり、「安全が確保された社会」(secure society)を作りたい政府の思惑と、「安心・安全な社会」(safe society)を求める国民の気持ちは、その起点からして真っ向から衝突している。「統制」(control)は「自由」(freedom)は全く噛み合わない。むしろ双極にある。国民の求めること(需要)と、政府が提供できること(供給)は、全く一致していないのである。政府が私たちに与えようとしていることは、私たち国民にとっては二の次、三の次なのある。
では、どのようにしてこのギャップを埋めるのか。

Learning the Facts

事実を知ることから始める


まず私たち自身で、「国民の安全保証」('national security')とは何かをあらためて定義する必要がある。そのためには、「国家の安全保障」(state security)の観点からも、何が必要で、何が必要でないかを判断できる必要がある。

政府の側では、何が国民の利益かという観点から、国民にとって何が必要で、何が必要でないかという判断を理解し、受け入れ、これに基づいて行動する必要がある。つまり、政府の側にも「宿題」があるように、国民の側でも「宿題」をこなしておく必要がある。

国民はせめて、国家の安全保障を維持するの必要な最低限の国防態勢(defense posture)とはどのようなものかを理解する必要がある。

たとえば、日本には”軍隊”は必要なのか。より正しい言葉と実際の日本固有の運用でいえば、”自衛隊”は必要なのか?在日米軍とともに、私たち国民を守り、脅威を抑止し、領土を保全する自衛隊は必要なのか?ここで、自衛隊が合憲か否か、或いは日米同盟(日米安保)が合憲か否かの原則論に埋没すべきなのだろうか?

それとも、少し議論を前進させて、現在の日米安保の枠組みの中での自衛隊の国防態勢は適切かどうかを議論すべきだろうか?現在の枠組みでは、日本は国防の第一義的な責任を負うが、在日米軍に日本を守る義務がある一方で、日本には米軍を守る義務がない。米軍は独自に戦う必要がある。米軍が攻撃されても、日本は米軍を守れない。これは適切なのかどうかを議論すべきだろうか?

私たち国民が許容できる「国防」(national defense)の境界はどこまでなんだろうか?私たちにとって一般的に、平均的に、受け入れることのできる「国家安全保障」(state security)ってどの程度のものなのだろうか?

私たちは果たして、こういう事柄について本質的な国民的議論を行ったことがあるのだろうか?

以下は、私たちを取り巻く一連の安全保障上の事実の数々である。

【事実】


  • 1945年10月 国連憲章が発効。第51条に個別的自衛と集団的自衛の権利が主権国家の自然権として記載される。
  • 1950年08月 警察予備隊が組織される。
  • 1951年09月 旧日米安保条約が締結される。
  • 1952年10月 警察予備隊が保安隊に改組される。
  • 1954年07月 保安隊が改組されて自衛隊が創設される。
  • 1957年12月 砂川判決の補足意見として、最高裁が我が国の自衛権を認める。
  • 1972年10月 国会での政府答弁により集団的自衛権の行使は容認されないことが確認される。
  • 1992年06月 PKO協力法が施行され、自衛隊がPKO三原則に基づき国連の集団安全保障措置に参加できるようになる。
  • 2001年10月 国会でテロ特捜法が成立し、アフガニスタンで展開する「不朽の自由作戦(OEF)」の一環で海上阻止行動(MIO)に参加する他国艦艇に対し、海上自衛隊による補給支援の実施が開始される。
  • 2004年01月 陸上自衛隊が初めて戦地(イラク)に派遣される。
  • 2004年06月 武力事態対処法(有事法制関連7法)が国会で成立し、半島有事や台湾有事に対応する周辺事態対処法制が整備される。
  • 2007年03月 防衛庁が防衛省に格上げされる。
  • 2007年03月 中央即応集団(CRF)が創設される。
  • 2007年07月 政府が国際刑事裁判所(ICC)設立条約(ローマ規程)に加入し、ジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する罪について、ICCの管轄権を受託する。
  • 2009年06月 ソマリア沖の海賊に対処するための恒久法として海賊対処法が国会で成立し、多国間協力として海上自衛隊がアデン湾に派遣される。
  • 2014年07月 集団的自衛権の行使を容認し、国連及び国連以外の機関に承認された活動に参加する武力行使権限の拡大を容認する閣議決定が行われる。
  • 2015年07月 国会衆院で与党単独採決により11法からなる安全保障法制案が可決される。←イマココ

覚えておくべきポイント:
  • 自衛隊の合憲性に関する議論は決着していない。
  • しかし現行の法制度では自衛隊は:
    • PKO以外の任務では部隊行動基準(交戦規定)を適用できない。
    • 軍事裁判所を持たない。
    • 他国を攻撃する戦力を保有しない。
    • 同盟国が攻撃されても迎撃できない。
  • そして憲法上、日本は:
    • 戦力を保有できない。
    • 交戦権を認められていない。
    • 国際紛争の解決のために、武力を行使したり、或いは武力による威嚇を行ったりすることができない。
    • 集団的自衛の権利を有してはいるが、行使はできない。
  • 今日に至るまで自衛隊は:
    • 米国主導のOEF-MIOに参加するためインド洋に約9年間海上自衛隊を派遣していた(アフガニスタン)
    • 米国が統治する戦闘地域に1度だけ約3年間派遣された(イラク)
    • 2008年以降、海賊対処のためアデン湾に海上自衛隊を派遣している。
    • ○以下の国で、約15件の国連支援ミッションに参加してきた。
      • カンボジア (UNTAC)
      • モザンビーク
      • ルワンダ
      • ゴラン高原 (UNDOF)
      • 東ティモール (UNTAET/UNMIT)
      • アフガニスタン
      • イラク
      • ネパール (UNMIN)
      • スーダン (UNMIS)
      • ハイチ (MINUSTAH)
      • 南スーダン (UNMISS)
    • 緊急災害救援活動として、以下の国に派遣されてきた。
      • インドネシア (スマトラ津波災害援助/エアーアジア救命捜索)
      • パキスタン (地震災害援助)
      • ハイチ (津波災害援助)
      • フィリピン (台風災害援助)
      • マレーシア (ML370機航空機事故捜索援助)
      • ホンジュラス (ハリケーン災害援助)
      • トルコ (地震災害援助)
      • インド(地震災害援助)
      • イラン (地震災害援助)
      • タイ (地震/津波災害援助)
      • ロシア (潜水艇事故援助)
      • ニュージーランド(地震災害援助)
      • ガーナ(エボラ出血熱輸送援助)

これが、「自衛隊」という、我が国固有の防衛力を持つ実力組織がどのように実際に運用されてきたかの軌跡だ。更に、国内でも、阪神淡路大震災や、東日本大震災で災害救援活動を行ってきたことも忘れてはならないだろう。

「自衛隊」が合憲か違憲かにかかわらず、我が国が、実力のある、効果的で信頼のおける防衛組織を保有することは事実。そして自衛隊が、潜在的な脅威から何度も国土を守り、現在も在日米軍で併せて日本の主権と領土を守り続けているのは事実である。

これらは全て、ただの既定事実である。

Questions that remain unanswered

答えられていない疑問


新安保法制では、この自衛隊の任務、活動範囲、能力、そして米軍との相互運用性を拡大することについて、以下の疑問が投げかけられている。
  • まず必要なのか?絶対に必要なのか?
  • コストやリスクに対するメリットは高いのか?
  • 何が変わり、何が変わらないのか?(参考)
  • 南シナ海や尖閣諸島等の懸念のある地域の現状を変えることにといてどれほど有効なのか?
  • 今の子どもたちが成長した時、将来どのような影響があるのか?徴兵は実施され得るのか?

政府与党は、国会で110時間以上も審議しても、90分間の生番組に出演して、炎を模したアメーバのような物体を駆使したジオラマを使って、これが国際情勢で、安保法制を適用することで火は集団的に消し止められなければならないと、全ての質問に総理自らが答えても、これらすべての疑問に対する明確な回答は未だ得られていない。



政府与党は、野党が国会で違憲性に関する審議に集中し過ぎたため、国民の十分な理解が得られていないと野党の責任にしている。政府からすれば、違憲性の審議は外堀的な価値しかなかった。しかし、違憲性こそは、これだけ物議を醸す重要法案の入り口の議論として不可欠であり、そこでは反論の余地のない政府答弁がなされなければならなかったのに、政府にはそれができなかった。与野党が招致した参考人は全て、安保法制には違憲な部分が幾つもあり、違憲であると判断せざるを得ないとした。

結果的に、審議は野党の同意なく110時間で打ち切られ、与党は委員会で強行採決を行い、本会議で可決した。このプロセスに、野党や国民のコンセンサスは得られていなかった。最新の世論調査では、最低でも全体の六割以上(実際は八割以上という説も)が、法案の審議や説明は不十分で、採決は時期尚早だという声を占めた。その結果として、累計20万人もの人々が国会議事堂や自民党本部前に陣取り、毎週のように抗議を行っている。


この国民の強い不満を和らげるためには、政府は今後56日以内に、少なくとも以下の5つの疑問に応えなければならない。
  1. なぜ必要なのか。
  2. どのようなコストやリスクが伴うのか。
  3. 短期・中期・長期的にどのような影響が想定されるのか。
  4. 現在の紛争の解消にどのようにして役立つのか。
  5. 国民の生活にどのような影響が長期的に想定されるのか。