いまから8年前、英国の王立裁判所で国選弁護人を務めたポリー・ヒギンズ(Polly Higgins)は、ある画期的な犯罪概念を思いつく。だがそれは単なる思いつきではなく、弁護士ならではの法理念と法体系の理解から生まれた発想だった。思いついた瞬間から、ヒギンズ女史はその法理性を徹底的に調べ上げ、自身の考えが現行の国際法体系(国連システム)に則した考えであることを確信する。7年後、彼女はNHKの「スーパープレゼンテーション」でも知られるTEDTalksの一般普及版TEDxイベントにてトークを行う。彼女の突拍子もないアイディアが時勢に認められた瞬間だった。以下は、TEDに認められたヒギンズ女史のトークの原稿のスクリプト(文字起こし・翻訳もOffice BALÉSで行った)を文章形式に書き起こし直したものである。
参考資料:
英語版の非公式書き起こし ←ポリー本人が絶賛!
日英スライドギャラリーと解説 ←動画とは別に行われたスライドとプレゼンの内容
Togetterの連投ツイートまとめ ←「エコサイド」以外の3つの選択肢も考察
「エコサイド」を思いついたきっかけ
王立裁判所の法廷に立っていました
長い間かかわっていた
ある裁判の最終日で
職場で重傷を負った
ある男性の代理人を務めていました
私は彼の代理となって
法廷で発言していました
判事が入廷する前
束の間の沈黙が流れました
その時 窓の外を見て
こんなことを考えたのです
“地球も ひどく傷つき
危険に晒されている
何とかすべきではないか”
そして 次にこう考えたことが
私の人生を変えました
“地球にもよい弁護士が必要なのだ”
しばらくそのことで
頭が一杯になりました
そこで 仕事を離れて
考えてみました
“法廷で弁護するとして
何があれば 法廷で
地球を代理できるのかしら”
何もありませんでした!
そこで考えました
“何があればいいのか”
“地球に何らかの権利があるとしたら?”
“私たち人間にも
様々な権利があるのだから
もっとも重要なのは 当然ながら
生存の権利”
“では 地球にも
生存の権利があるとしたら?”
同僚たちに話したら
こう言われました
“何を言ってるんだ?
権利なんてあるわけがない!
それに 環境法なら
いくらでもあるじゃないか?
まずはそれからだろう?”
“そこが問題なのよ”と
私は言いました
“既存の環境法は全く機能していないわ”
“機能している訳がない
アマゾンを見ればわかるでしょ
日々悪化する損害や破壊を
私たちは目の当たりにしているのよ”
“既存の法は
それを止めていないのよ”
7億5千万人の賛同者
私は 他に同じ考えの人がいるか
探してみることにしました
そうして 実は多くの賛同者が
いることがわかったのでした
正確に言うと
7億5千万人もいました
うち 3億7千万人は
原住民の人々
地球に生存権があるという考えに
共感してくれていました
また 人命だけでなくあらゆる生命が
尊いものであるということも
仏教徒も このような
理解であると知りました
これで
3億8千万人の追加です
欧州の人口に近い 7.5億人の人々が
私のように考えていました
ただ 法律として
明文化されてこなかった
5番目の平和に対する犯罪
そこから より深く考えてみました
なぜなら実際は
私たちの人権や“生存権”は
一対一の関係に基づくからです
たとえば “謀殺”
アメリカでは“殺人”ですね
そして一つの集団の中で起きると
これは“ジェノサイド”といわれます
2009年に 大勢の聴衆の前で
地球の権利について
語ったことがありました すると
聴衆の一人がこう言ったのです
“地球上で 生態系に対して起きているこの大規模な損害や破壊についてなにか新しい言葉を考えなければ”
と その通りだと思いました
まるで“ジェノサイド”のような・・・
そう “エコサイド”だと
これはまさしく
ひらめきの瞬間でした
頭の上でひらめきの光が
灯ったような感覚でした
"そうか!これは犯罪にすべきなんだ
でもできるかしら?エコサイドを犯罪に?”
私は自宅に飛んで帰り
徹底的に調べ始めました
そして三か月後
やっと一息つきに 外へ
そしたら気が付いたんです
これはただの犯罪ではなく
失われた 5番目の
平和に対する犯罪にできると
こちらのスライドでは
「国際平和に対する犯罪」として知られる
一連の犯罪を列挙しています
人道に対する罪と戦争犯罪 そして
ジェノサイドは既存のものです
これらは
二次大戦後に確立されました
そしてこれらの犯罪規定は
すべての犯罪行為を網羅する
いわば超越法として
すべての法の上に立ちます
その他の法はすべてこれに
準じていなければならないのです
侵略犯罪という
戦争に繋がる行為も
2010年に新設されました
私はここに5番目の平和に対する犯罪
エコサイドが在るのだと主張したいのです
地球のすべての“住人”を守る法概念
生命の福祉を守るためのものですが
実際に守られているのは
生命そのものの尊さです
私が主張したいのは 尊重されるべきは
人命だけではないということ
尊重されるべきは すべての生命
地球のすべての住民であるということです
この図は 世界でいま
起きていることを示しています
大規模な損害と破壊が蔓延し
これが私の言う“エコサイド”に繋がります
この言葉の定義については
後でご説明します
エコサイドを引き起こす悪循環
このエコサイドが
資源の枯渇や
紛争その他に繋がり
これが戦争へと繋がることで
さらなる損害と破壊 そして
さらなる資源の枯渇へと
繋がるわけです
実際 コンゴでいま起きている問題は
この悪循環の最たる例といえるでしょう
負のスパイラルがより早く
さらに深まり さらに進行する
紛争が戦争へと発展し さらなる
損害と破壊がさらなるエコサイドを・・・
そうして負のスパイラルがさらに深まり
さらに進行してしまう・・・
キング爵が言う “資源戦争の世紀”の
只中に 私たちは居るのです
しかし この見方を根底から
覆すことも可能です
その道筋で
止めてしまうのです
悪循環を鈍らせるためではなく“止める”ため
また介入して阻止するため
ストッパーとなる法律を作ることで
負のスパイラルの深化や進行を止める
これが
エコサイド法の果たす
機能なのです
エコサイドの法的定義
これは 私が国連に提出した
法律提案の冒頭の一文です
生態系への広範囲な損害 破壊に
及ぶとエコサイドの犯罪が成立する
ここで使われる言葉にはすべて
法的意味合いがあります
なかでも最も重要なのが
この“住民”という言葉です
対象となるのは“人々”ではなく
“住民”なのです
これは勿論 ある領域に
“住んでいる”のは人間だけでなく
その他の種も含まれるという
認識のもとで成り立つ考え方です
また生命は連鎖するという
根本認識のもと
その破壊は私たちの住む地をも破壊し
平穏な営みを続けることを不能にすること
2つのエコサイド
エコサイドには
2つの種類があります
人為的なエコサイド
これは 私たちの行動が明確に
大規模な損害や破壊をもたらすと
予期され また確認されていても
行われる行為を指します
また すでに他の方が話されたように
他の形においても
人為的に起こされたものが
いかにして損害を生じさせているか
地球温暖化ガスの発生も 大規模な
損害と破壊がもたらす一つの結果です
実はつい最近
各国政府宛に
この法律をどう扱うかについて
コンセプトペーパーを送ってみました
人為的なエコサイドを生じさせている
危険な産業活動に
終止符を打つ方策として
でも もう一つのエコサイドも
知っていただきたいのです
それは
“自然発生的なエコサイド”です
これは 津波や 洪水や
海面の上昇など
大規模な生態系の崩壊をもたらす
あらゆる事象をいいます
単に企業活動を
制御する法ではなく
すべての国に 何らかの方法で
他国を支援するという
法的な“注意義務”を課す
国際法を作るのです
たとえばいま現在 モルディブ諸島は
私たちに こう叫んでいます
“助けてください!私たちはあと10年もすれば
海面上昇により沈んでしまうのです!”と
これに対して各国政府は
“いかんともしがたい”と応えるだけ
彼らが主張しているのは “支援を行う
法的注意義務はない”ということなのです
法的に“注意義務”を課すエコサイド
こうした事態に共同で取り組み
事態を予防する法的注意義務を
各国に課すことができるのです
実際 海面上昇の危機に喘ぐ島国は
54か国もあるのです
しかも問題は
その54か国のみではありません
バングラデシュは 洪水や
海面上昇だけでなく
氷床の融解という危機までも
抱えているのです
法的“注意義務”を課すことで
支援のために何ができるかなどについて
具体的な協議を行う場が
設けられるのです
こうしてともに取り組む場があることは
とても大切なことです
なぜなら最終的には
たとえ世界の裏側の国であろうとも
私たちは運命共同体だからです
環境犯罪にも“上官責任”を
しかし私はさらに
こう提案しています
国際刑事司法では“上官責任”
という原則があります
責任を取ることは当然ですが
さらにもう一つの意味があります
つまり 管理責任 統率責任のある人物
ピラミッドの頂上にいる人たちですね
彼らに最高意思決定者としての
責任を求めるということなのです
すなわちこれは 国家元首や
政府閣僚を意味します
また数百万もの下々の人々に
悪影響を及ぼす可能性のある
決定を行う立場にあるCEOや重役
銀行の頭取なども含まれます
これらの個人に対して
法的な“注意義務”を課すことで
「人々と地球が最優先」となる
意思決定を行う
新たな枠組みを
構築することが可能なのです
これにより 危険な産業活動に
終止符を打つことができます
究極的には、地球をどう見るか
という問題に落ち着きます
地球を不活性なモノとして捉え
これに価格を付け
価値を押し付け
すなわち地球を 売買したり
利用したりと 悪用し
商品化するのか
資産に関する法律によって
成り立つ世界ではそうなります
一方で もう一つの見方があります
地球を一個の生物として見ることです
こうして見方を変えると 実は
その源がまったく違うことに気付きます
というより 長期的な視点での見方が
ガラリと変わってしまうのです
なぜなら 私たち自身を被信託者
あるいは保護者として捉えると
将来の世代について責任を負うことの
自覚が湧いてくるからです
正義の秤を再調整するということなのです
現在 正義は不調 あるいは
不均衡な状態にあります
そして私たちには この不均衡を
正すことができるのです
実は私たちはこれをすでに経験しているのです
200年前に遡ってみましょう
奴隷制を廃止した実績
ウィルバーフォースという議員がいました
彼は奴隷制廃止を訴えて
こう言いました
“奴隷制は倫理的に間違っている
これを止めなければならない”
彼には批難が殺到しました
大企業は
“そんなことしてはならない
「必要」があってしているからだ”
“「公共の需要」もある そして何より
奴隷制がなくなれば「経済が破綻」してしまう”
奴隷制に関わっていた300の企業は
様々な解決策を提案しました
“私たちに任せてください 任意で解決します
「自主規制」させてください”
“法律が多すぎます”
“どうしようもなくなったら
数を制限します それでどうでしょう?”
“市場原理に任せるという手もあります
キャップ&トレードのようなものはいかがでしょう?”
興味深いことに 英国議会は
すべての提案に「ノー」を突きつけました
そしてウィルバーフォース議員の亡くなる
実に2日前 法案は可決されます
この法律は 成立した途端に世界中に波及し
奴隷制が廃止されたのです
200年後も変わらない企業の本質
とても似た状況にいることがわかります
この画像の中の現実は
まったく違います
これはカナダの
アサバスカのオイルサンド(油砂)
この画像を見たとき
私は心臓が止まる思いがしました
路上で
立ち尽くしてしまったのです
そこで何が起きているかを悟った私は
“これは犯罪行為だ”と思わず呟きました
結局 現代においても
産業の主張は全く同じなのです
違いがあるとすれば 彼らの解決策はすべて
トライ済みで すべて失敗しているということです
企業を破産させることが目的ではない
奴隷制の廃止が成功した理由の一つに
統制されていたことが挙げられます
制度の移行期間が設けられ
どの事業も倒産しなかったのです
またウィルバーフォース議員は
私と同じ矜持を持っていました
問題を解決策へと転換することに軸を置く
ということ
奴隷制の廃止にしても 300社のうち
一社も倒産しなかったのです
ある企業は中国でお茶を売り買いし
そのために助成金を得ました
海上警察へと発展した
企業もあります
ウィルバーフォース議員は 成功には
3つの必須条件があると言っていました
- 助成金を停止する
- 問題行為を違法化する
- 別の方面へ助成金を出す
まさしく現代において
私たちがすべきことです
でも さらにあるんです
「神聖なる信託」(国連憲章)に基づく義務
「文明の神聖なる信託」と呼ばれる
考え方が存在したことがありました
この概念は 私が調べたかぎりでは
16世紀から文書の形で存在していました
そしてこの考えは 国連憲章(第73条)にも
掲げられているのです
「…国際連合加盟国は、この地域の住民の利益が至上のものであるという原則を承認し、且つ、この地域の住民の福祉を(中略)最高度まで増進する義務並びにそのために(中略)行う義務を神聖な信託として受諾する。」
第2次大戦後 初めて成立した
国際法律文書です
そこにはこう書かれています
国連加盟国には住民の利益を
(ここでもまた“住民”という言葉が)
至上のものとし 神聖なる信託として
"注意義務"を遂行する第一義の
義務(法的義務)を受託する と
“信託”
つまり 私たちは被信託者 管理者であり
保護者であるということなのですね
そして 住民の福祉を最高度まで増進する
義務を負っていると
つまり人々とこの惑星を至上のものとする
「健康と福祉」に関する保障規定なのですね
エコサイド法が成立すれば この条文に
法的有効性を持たせることができます
これは非常に大事なことです
なぜならエコサイドは 人道に対する罪
でもありますが それ以上のものだからです
自然に対する犯罪であり
将来世代に対する犯罪なのです
究極的には
平和に対する犯罪なのです
これは利益よりも 人々とこの惑星の福祉を
至上のものとするというだけでなく
紛争の無い世界へと踏み込むことで
革新を全く異なる方向から進め
多くの形の豊かさを手に入れることができる
という新たな認識を持つことに他なりません
私は利益追求を否定しません
むしろ 利益を肯定します
ただし生命の破壊をもたらすようなもの
これについては 扉を閉ざす時です
そして生命を肯定するものに対しては
扉を大きく広げ迎え入れます
7年間の旅路とこれからの旅路
こうして 私が非常にパワフルな考えに
辿り着いたのは 7年前のことでした
それは旅路の始まりであり
いまもその旅は続いています
エコサイドの国際法を提案する
というだけの話ではありませんでした
いま何が必要かを見つめる
貴重な旅路でした それは
適応可能なリーダーが必要ということ
時代に即応するリーダーが必要ということ
また「エコサイドを撲滅する」という
本の執筆にも繋がり
その中でなぜ法そのものが
問題であったかを解き明かしました
利益追求は企業の法的義務
みなさんご存じですか?
法人に関する法律は
利益を至上のものとしているんです
法人にはその株主に対して
利益の最大化を目指す法的義務があるのです
それは私たちにとっても
益をもたらしました しかし
その影響を 私たちは
十分に考えて来なかったのです
法の下の平等と正義の実現
超越法であるエコサイド法があれば
影響を考える機会を与えるような
行動する前に考える「事前警告規定」
の役割を果たすでしょう
最後に これだけ言わせてください
キング牧師はかつてこう言われました
法の下の平等と正義が成り立てば
この世界に真の平和が訪れるだろう
法の下によりよい理解が成り立てば
真の平等と正義が得られるだろう
エコサイドは 自然の正義の下に成り立つ法です
私はその実現のため 生涯 自分の命を
なげうつ価値があると信じています
ご静聴ありがとうございました
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※巻末資料:「3分で解る『エコサイド撲滅運動』欧州編」