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2015/10/26

【コメント】イラク戦争の総括が未だ行えない日本~ブレア英元首相の「謝罪」報道を受けて~ #安保法制



及び腰な国内報道


長年「対イラク武力行使」として議論されてきたイラク戦争の正当な総括が、遂に戦争の最大の当事国の一つである英国の当時の元首相からもたらされた。このこ と自体は感慨深い。しかしその報道のされ方が、戦争に賛同したこの国において、やや”及び腰”であることには不満をおぼえる。

今回ログルでまとめた英紙デイリーミラーのハイライトは、英紙が報じたそのままのものだ。つまり、米英が始めた戦争の最大の当事者の一翼を担った英国のメディアは、あくまでブレアが戦争の過ちを認め謝罪したことに焦点を置いた。戦争当事国としての一大ニュースはその一点にあるのだ。


ところが国内の報道では、ブレアが「サダム失脚については謝罪しない」としたことを、さも両論併記の原則を保っているかのように報じる。CNNの番組につい て初報を打った英紙デイリーミラーでは「謝罪した」ことにフォーカスが置かれ、全世界の報道がそのことでもちきりなのにもかかわらず、だ。

また朝のツイートでも指摘したが、国内で初報を報じたとみられる朝日の記事は、その翻訳の内容からしておかしい。まるで、ブレアの発言の重さを”相殺”するかのような、実に恣意的な訳になっている。これで”両論併記”すれば、総合的には「謝罪しなかった」ことにウェイトがかかる。

なぜ報道価値があるのか


英紙デイリーメールがハイライトした3つのポイントは、ブレアが、①イラク攻撃理由となったインテリジェンス(情報)が誤っていたこと、②IS台頭を招いた (力の空白を生んだ)”第一の要因”であるという指摘に「幾分か事実」(element"s" of truth)があること、③現在のシリアの戦乱に至るまでの状況を生み出した責任があることを、それぞれ大筋で認めたことにある。

たしかにCNNの対談では、ブレアは「サダムを排除したことについては謝罪できかねる」と、結果的にサダムを失脚させたことの功績については頑なに否定しな い。しかし世界の関心事は、「認めなかった」ことよりも、「認めたこと」にある。戦闘終結後長年責任を”一切”認めなかった当事者が戦争の誤りを謝罪した のだから、それこそが伝えるべき価値なのである。

イラク攻撃の支持とイラク自衛隊派遣については、どのような教科書通りの 理屈があるにせよ、当時としては大規模な数万人規模の反対デモが行われたことを記憶している。同時期、お隣の韓国を含めた関係各国では数十万人規模だっ た。そのくらい、「正当性の無い戦争」として世界に見られていた戦争だった。

この”正義なき戦争”を(”正義のある戦争” などもともと存在しないが)、諸手で支持・支援した当時の自公政権、そしてその"後始末"であるイラク復興支援へという名の戦地自衛隊派遣に賛同した人間 は、イラク戦争がもたらした結果を重く受け止め、その道義的責任を負わなければならない。

はからずもこの戦争の最大の当事 者の一翼を担った英国首相は、現在のシリアの混迷した状況を生み出した要因がイラク戦争にあることを大筋で認めた。また単に「一理ある」という月並みな表 現ではなく、「幾分か事実」であることを認めた。つまり幾つかの事実が連なって今の状況を生み出したという認識を示したのである。これは実に重大な発言 だ。

中途半端に行われた政府内検証

では、まず①イラク攻撃を支持し、②その後始末の復興支援のため戦後史上初の戦地派遣というリスクを負ってまで自衛隊派遣を行ったわが国の政府はこのことをどう受け止めているのか。実は2012年12月、安倍政権の発足前、外務省により検証がなされていることは広く知られていない。

ただし、この検証報告には「日本政府が米英等の武力行使を支持したことの是非自体について検証の対象とするものではなく」という但し書きがついている。あく まで「外務省内における検討や意思決定過程」の検証であり、政府全体のものですらない。つまり、安保法制に基づく今後の集団的自衛権の行使に至る判断基準 を検証するものではない。

事実、外務省は「結果的にイラクに大量破壊兵器が発見されなかった現実がある中で,改めてこの期 間の政策決定過程を検証し,もって教訓を学び,今後の政策立案・実施に役立てるとの観点から行ったもの」でしかないことを認めている。もとより検証不足で あることは承知の上での公表なのである。

尚、この政府の検証内容に対し、JVC(日本国際ボランティアセンター)を含む国内の市民社会組織(CSO)6団体は、「検証の内容は不十分」として一蹴し、報告書の全面公開を要求した。だが2015年現在、この要請は受け入れられておらず、また国会内でもこの報告書を検討した事実は確認されていない。

参院での安保法制の審議の渦中、山本太郎議員がイラク戦争の総括を求めた背景には、こうした事実があった。民主党政権下で政治主導の下で行われた「検証」作業は、結局外務省の対応のみを検証するもので、政府全体とくに官邸側の判断を検証するものではなかったからだ。

山本太郎参議の審議で情報提供面で協力したとみられる、フリージャーナリストの志葉玲氏が事務局長を務める「イラク戦争の検証を求めるネットワーク」 がいまも活発に活動している背景には、政府による検証努力が不十分であり、かつ、その中で安保法制により、「次の戦争」に加担する体制が作られようとしていることがある。

先 日10月25日放送の『NHKスペシャル「新・映像の世紀」』の内容は、百年前の1918年に終結した第一次大戦の結果が、いかにして現代まで連綿と続く紛 争の要因となっているかを紐解いた。ではほんの十数年前の戦争は、現代の何の状況に影響しているのか。政府の一部の政策検証等で足りる問題ではない。

英国のブレア元首相は、イラク攻撃が、結果として「サダム失脚」の功績を生んだことを否定しないまでも、現在のIS台頭を招いた要因となったことを認めた。戦争には因果があり、それは次なる戦争の呼び水となる。この真理を認めたも同然なのである。

将来に大いなる禍根を残す安保法制の成立

わ が国の政府は国民の多くの反対を押し切り、国会規則すら満足に守らず、数の暴力によるゴリ押しで、同盟国米豪との共同軍事作戦を可能にする安保法制を成立 させた。満足な歯止めもなく、時の政権の政治的判断により、イラク戦争のように米国の戦争に賛同・支持し、又は参加する蓋然性が高まったのである。

イ ラク戦争時の政府全体、とりわけ首相官邸での意思決定・政策立案・検討・指図内容、責任の所在などの検証は、本来、安保法制を検討する時に、重大課題事項 として国会全体で検証されるべきことだった。また報道も、この必要性を強く主張し、現在に至る疑義のある政治判断として世論喚起を行うべきだった。

こうした総合的な検証と、これに対するメディアの批評による国民全体での検証なしに、私たち日本国民は安保法制という次なる戦争への安易な加担を可能にする法制を成立させてしまった。



イ ラク戦争がIS台頭と多くの難民を生み出す大きな要因となったように、これから日本が加担する将来の戦争も何らかの負の結果を生み、その【直接的責任】を 私たちや次の世代は負うことになる。集団的自衛権の行使容認により「戦争できる国」になるとは、そういうことなのである。


このことが意味する重大さの自覚なしに安保法制を支持し賛同した人間の発想は、安易で、短絡的で、かつ、利己的であると言わざるを得ないだろう。自らの思想信条を優先したがゆえに、将来に渡って、国全体に大きな業を背負わせることになるのだから。

2015/10/11

【和訳】「これがハスミトシコへの私の答だ」と英国人アニメーターがカウンター #そうだ支援しよう


難民危機 - 子ども達を守れ
Refugee crisis – save the children


今日、私の頭は、ある「人種差別的」だと言われる日本の漫画イラスト画像のことで一杯だった。最初は、ジョー・サッコ(Joe Sacco)のような"天才的な"アーティストが描くような差別的な描写なのだろうと思っていたが、その漫画イラスト画像は、明らかに元の写真では笑みを浮かべていない少女がベースになっていた。だがイラストの方では、ニヤつくような描写があった。これは何か独特なスタイルなのかと思っていた。

そのイラスト画像は、この記事の一番最後に載せてある。

後になって、イラストの日本語のテキストを翻訳した記事を読んで、嫌悪感で一杯になった。あまりに一杯で、自分のメッセージとともにイラストを自分で描き直さずにはいられなかった。

その結果がこれである。

ウィルソン氏のオリジナル・コラ画像(英語版)

ちまこ氏による和訳貼り付けコラ画像

このイラストは、6歳の女の子ジュディ(Judi)の写真を元にしている。漫画らしいスタイルを残そうとしたが、元の[写真]により同調的な仕上がりになっていればと思う。

このとても小さな女の子は、テントの街にいる。彼女がそこにいるのは、彼女の家族が、彼女を戦場から離そうとしたから。彼女自身がそう選んだからではない。彼女には、同情や憐れみ、そしてリスペクトが寄せられるべきであって、ハスミ氏が行ったような無粋な嘲笑の的とされるいわれはない。





グラスゴー(スコットランド)では、スコットランド議会のハムザ・ユサフ(Humza Yousaf)議員がよく、難民を歓迎すべきだと主張している。




私には、これは私たちの道義的な責務であり、文明国としての責任だと思える。それ以上に、EUでの国民投票が、前回の選挙の時のように、移民問題に落とし込まれないようにしなければならない。

難民危機は今後、何年ものあいだ続くだろう。これは、私たちが欧州の中にいるか外にいるかの問題ではなく、またブリュッセルで大規模な改革を実施する機会を失うからだとか、EUというプロジェクトを棄てて欧州各国で同盟を作ろう、とかいう話でもない。

私たち [欧州市民]は、(1)差別主義者や偽善者に議論を支配させてはならず、(2)戦争の被害者に対する適切な対応を主導し、(3)救いを求める人びとに対して常にオープンでなければならない、ということなのである。


オリジナルの宣伝(advert)では、こんなことが日本語で書かれていたらしい。




アーティストのハスミトシコは、Change.orgのキャンペーンを受けて、画像を削除した。だが、本当の侮辱は、イラストよりもその文の内容にある。文の内容を把握すると、イラストの存在意義は全く異なるものになる。女の子の表情がはっきりしすぎているし、にやつきすぎている。きわめて失礼な描写なのである。

「それでも私は、何があっても謝りません」
と、ハスミ氏は言う。

「日本とは違って、海外では自分の過ちを認めたら必ず法廷闘争で負けるからです。」
ハスミ氏はさらにこう主張する。

「このイラストは、全ての難民を否定するものではなく、本当に救われるべき難民に紛れてやってくる、より安全でより快適な生活を外国の地に求める偽装難民を揶揄したものです」と。

一方で撮影した写真家は、「シリアの人びとの窮状を貶める恥ずべき誤った表現だ」とし、「無垢な少女の子どもの肖像が、このような邪な偏見を表現するのに用いられたことに衝撃を受け、深い哀しみをおぼえる」と述べている。

日本はシリア難民は受け入れないが、シリアやイランの難民支援のため8.1億ドルを拠出することを約束した。昨年難民申請をした5000名のうち、認定されたのは11名だったという。

これはただの[支援の]始まりであって、私の日本の友人たちの多くは、この危機を打開するためにもっと為されるべきことがある筈だと感じていると思う。勿論、日本がもっとも影響を受けている国々を支援しようと考えることは間違ってはいない。


しかしハスミトシコには、疑問符のつく行動が見られる。とくに二次大戦中、日本に訪れた朝鮮人女性について、相当ネガティブなことを書いてきた。

救いは、日本でこのことに対する怒りが爆発したことだった!




Original post by: Tim Wilson
Translated by: Office BALÉS

2015/10/03

コラム:「ドイツで10万人近くが核兵器配備に反対署名」と報じるロシア国営通信の狙いから学べること

Nearly 100,000 People Protest Against US Nuclear Weapons in Germany

ドイツ当局に対し更なる核兵器の国内配備中止を求め嘆願

2015.10.01 露スプートニク

ドイツのメルケル首相、ガウク大統領、ドイツ政府に対し、10万人近い人びとが新型核兵器をドイツ国内に配備しないよう求める嘆願書に署名した。嘆願行動は、B61-12新型核爆弾20基をドイツ国内のビューヘル(Büchel)空軍基地に配備する計画が進められている中で行われた。同計画は、NATO北大西洋条約機構のニュークリア・シェアリング計画の一環として実施されており、国内外で懸念の声が発せられている。

同計画に反対する活動家らは、社会的変革を求めるプラットフォームである Change.org, を通じて嘆願行動を起こし、ドイツ連邦政府に対し、NATOによる核兵器配備への協力を停止するよう呼びかけた。嘆願書では、核配備計画を進めることはNPT核不拡散条約の第1条と2条、そして「国家間の友好を阻害する意図を持って行われる行為、とくに侵略戦争の計画は違憲であり処罰に値する」と規定するドイツ憲法の第25条パラ1に違反すると主張している。

2010年3月、ドイツ連邦下院議員の多くは、「同盟国の米国に対し、米国製核兵器をドイツ国内から撤去すること」を連邦政府に求める決議に賛成した。しかし、Focus Onlineによると、核軍縮どころか、米国は更に、広島型原爆の80倍の破壊力を持つ20基の核兵器を追加でドイツ国内に配備しようとしている。

嘆願書にはこう書かれている。

「計画が攻撃兵器の強化を目的とするものである以上、我々は連邦政府、連邦議会、及び首相、連邦大統領に対し、ドイツの国土における核兵器配備の停止を求める」と。

「情報戦」の意図を見極める冷徹な目を持つために

ドイツで広島型原爆の80倍の核兵器(原子爆弾)が配備されようとしている。これに反対する10万人規模の署名が集まった。ここまでは事実だ。だが、このことを積極的に報じているのはロシアのスプートニク(旧国営放送「ロシアの声」)だ。ここは差し引く必要がある。

「ロシアの声」は「ロシア国営ラジオ局で、1929年から海外放送を開始。ロシア政府による予算で運営されており、国際社会に対して、ロシアの生活や世界情勢に対する見方などを紹介する」ために存在する。その国営放送が、「ロシアの声」改め、「スプートニク」へと改名を発表したのは今年3月のこと。リア・ノーヴォスチ通信と合併して、世界の情報通信網を強化して生まれたのが、スプートニクだ。つまり情報戦の一環だ。

だが、ここで平衡感覚を失ってはならない。敵対する国、敵と想定する仮想敵国同士が、このように情報戦を展開することは、国際社会では常識だ。かといって、その表層の事実(敵対関係にあること)で、発信される情報を全て「情報操作」と安易に受け取ってはならない。

ロシア国営通信である『スプートニク』がドイツでの核配備問題を積極的に取り上げ世界に発信するのは、何も「情報戦」の中で比較優位に立つためだけではない。 そこには偶発的核戦争を抑止する意図も含まれている。元よりロシアも、核軍拡競争の拡大を望んではない。

冷戦時代、旧ソ連が米国に敗北した原因は経済だった。産業競争力と工業生産力を併せ持つ超経済大国アメリカは、核軍拡競争を続けてもソ連に勝てるだけの余力を持っていた。ところがソ連側は違った。ソ連経済は膨大な国防費負担で疲弊し、国民の生活は困窮した。

熾烈な核軍拡競争の末、旧ソはアメリカの強大な経済力の前に崩壊した。ロシアはこれを苦い教訓としながら、今度は経済に力を入れ、その結果として今の経済大国ロシアがある。核軍拡競争に敗れたロシアにとって、再びその呼び水となる米国の行動は無用な挑発でしかない。

ただでさえ、今は中国の経済不安の煽りで世界経済が不安定な時。こんな時にアメリカの核軍拡競争への呼び水を受け入れたら、そのままとめどのない競争に引き込まれる。しかしロシアは冷戦で重大な教訓を得た。いかに経済力があっても国防産業のみで国は成り立たないと。

こうした総合的なコンテクストで考えると、国営通信『スプートニク』がアメリカの新型核爆弾のドイツ追加配備を積極的に報じるのは、単にその計画自体を思い留まらせる国際世論を作り出すためではなく、その計画の背後にある思惑をも打ち砕くための先手なのだろう。

この『スプートニク』の記事のように、こうした国家の思惑を反映した「情報戦」というのが国際社会では日常茶飯事ではあるが、それが必ずしも好戦的な目的をもってのみ行われるものではない。平和裏に国民の平和と財産を守るための「情報戦」も存在するのだ。

しかし残念ながら、日本にはこうした高度に平和的な情報戦を展開できる能力はない。それは仮想敵国中国も同じことだ。米ソ冷戦がなぜ冷戦のままで終わることができたか。それは各国が長き冷戦を通じて、よくもわるくも成熟したからだ。が、日中関係は成熟していない。

安倍政権下、保守たる本分を忘れた、国際社会に「極右」と警戒される国粋主義的な自公政権下で、日中が現在の米ロのような情報戦を展開できると考えるのは希望的観測だ。その分、私たち国民は日中間で展開される情報戦を冷静に見極める目を養わなければならない。



Translation: Office BALÉS News