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2014/09/23

【悲報】コラム: 慰安婦問題で展開される不毛な論証・反証のいたちごっこを永続させる要因は、日本人の低い英語読解力だった。(完全版)




はじめに


この件についてはこれまでも何度も述べているが、従軍慰安婦の問題を”強制連行”のみの観点で「その事実はなかったので問題なし」として、”強制”の事実そのものが全くなかったかのように論じる連中は鬼畜である


朝日叩きで狂喜乱舞している、そうした鬼畜どもをまた黙らせる材料が今回、ネット上に再び登場したことは喜ばしい。

一般的に、"強制"とは「力を用いて他者を無理に従わせること」と解される。この"力"にも色々とある。軍人ならその威圧感だけで強制することも容易いが、組織的には行政を操る"力"により手続上、有無を言わさずその対象者を従わせることもできる。二次大戦中、この"力"をもっとも悪用したのがナチスだ。

ニュルンベルク裁判では、この行政手続により数々のユダヤ人虐殺計画がドイツ第三帝国政府により主導されたことが判明した。それもこれも、ドイツ人が病的なほどに何でも記録する国民性のおかげだった。これは、当時判事を務めたアメリカのジャクソン首席判事が米軍の記録映画の中で認めている。

日本の場合、こうした行政記録は混乱のさなか見事に消されている。本土で陸戦が行われず、連合軍の電光石火の占領に見舞われたドイツに比べ、証拠を隠滅する時間が豊富にあったからだ。ドイツと違い日本が非人道性の観点から裁かれなかったのは、それを指し示す十分な”証拠”が存在しなかったからだ。その”事実”が存在しなかった訳ではない。

慰安婦・兵士当人の”証言”の不確実性


二次大戦において”不問”とされた旧日本帝国軍の人道犯罪だが、現代においては国際女性戦犯法廷なるものが民間で設置され、いまも犯罪性の追求は世界規模で行われている。これを先導してきたのが、被害者女性や日本兵士たちの証言を収集・記録してきたアジア資料センター(アジア女性基金)等の女性人権擁護団体だ。

しかしこうした資料集めは困難を極めた。信頼できる証拠とするには、不十分な要素が多かったからだ。例えば、兵士証言や慰安婦証言の食い違いにより事実が検証できなくなったりする。同じ立場の証人同士が真逆の証言をして事実の確認を困難にすることが往々にしてあるからだ。

結局、軍による「強制」の否定派と肯定派の間で、証拠の証明合戦がいたちごっこのように続き、現在に至っている。否定派は慰安婦らが自由意思で就労した、或いは現地の人間が任意で仲介役を果たして奉仕させたことを示す証拠を持ってきて反論する。だがいずれも"強制”の「全否定」に繋げるには弱い。

一方で、”強制"の事実に関しては日本人女性含め慰安婦側からの証言と、慰安所を利用した兵士側の証言が出そろう。兵士自身が慰安婦は何らかの”強制”され就労を余儀なくされていることを認めているのだ。これはそれぞれの兵士個人の慰安婦に対する価値観も大きく影響するのだろう。

「吉田証言」を巡る国連報告書の翻訳の質


こうして”強制”の否定も反対もこう着する中で一石を投じたのが、朝日のいわゆる『吉田証言』を巡る一連の報道だった。大手新聞社が決定的といえる証拠を挙げて大々的に報じたため、「吉田証言」は”強制”肯定派の1つの拠り所のようなものになった。が、それが全てではなかった。だから国際的には吉田証言は、”数ある証言の中の一つとして”のみ捉えられている。

嘆かわしいことに、そのことに現政権を含め政府翼賛系メディアや一般の"強制"否定派も気づかない。否、気づけないのだ。「吉田証言」のみが"強制"肯定派の唯一の拠り所だと勘違いしている、或いは思い込んでいることに気づかないのだ。そこに、こうした足元を掬う新証拠が現れる。また連中は躍起になって反証を探し求めるだろう。

だが哀しいかな、国連のクマラスワミ報告でも取り上げられているのは、「吉田証言」のみではない。今回判明しているような兵士や被害者の証言・記録などなのである。

当時のコフィ・アナン事務総長により任命され国連人権委員会の特別報告者を務めたスリランカのクマラスワミ元国連事務次長の報告は、日韓両国の訪問調査による報告をまとめたものであるが、国連の報告はいちメディアの報道を鵜呑みにはせず現地聞き取り調査による結果をまとめた。よって、"強制"肯定派が国内的に拠り所とされていると思われている「吉田証言」の位置付けはそれほど高くない。

事実、「クマラスワミ報告書」で吉田証言に直接言及されているのは、37ページある報告書のうちほんの2か所(1センテンス)のみで、1か所(第29パラグラフ)は吉田氏の著書に触れ、「強制連行」の根拠の一つであるという記述になっているが、もう1か所(こちらは第40パラグラフ全体)はこの4倍の分量(4センテンス)でその反証を掲載しており、これを特別報告者は「留意」していると報告書に明記している。 英語原文 AWF訳文 

このことを、政府も含め”強制”否定派は、知ってか知らずか盲目的に批判している。

その原因の一つは、どうやらアジア女性基金(AWF)の旧い翻訳の質にあるらしい。

私のようなプロの翻訳者の目からして、AWFの翻訳の品質はお世辞にも高いとはいえない。およそ公式な報告書とは思えない語調になっており(「~かもしれない」等)、訳文の表現は情緒的であり、客観性を欠き、乱暴である。

翻って原文の英語の報告は格調高く、注意深く言葉を選んで構成されている。のちの国連事務次長として事務総長自らに任命された職なのだから、慎重を期すのも当然だろう。国連の六大常設機関の一つである経済社会理事会参加の専門委員会として出す報告に客観性を欠いた感情移入は許されない。

AWFの翻訳の質の低さは、例えば次のように、第40パラグラフの「吉田証言」に対する反証に言及している箇所の冒頭にもみられる。

【原文】 40. The Special Rapporteur noted that historian Dr. Ikuhiko Hata of Chiba
University, Tokyo, refuted certain historical studies made on the issue of
"comfort women", in particular Yoshida Seiji’s book, which describes the
plight of "comfort women" on Cheju-do island.

【AWF訳】 40. 千葉大学の歴史学者秦郁彦彦博士は「慰安婦」問題に関するある種の歴史研究とりわけ韓国の済州島の「慰安婦」がいかに苦境に置かれたかを書いた吉田清治の著書に異議を唱える。
【私の改訳】 40. 特別報告者は、千葉大学の歴史学者である秦郁彦彦博士が、「慰安婦」問題に関する一部の歴史研究、とりわけ韓国の済州島の「慰安婦」の苦境について書かれた吉田清治の著書に対する反証を展開していることに留意する。

また否定派と肯定派の間で壮絶な編集合戦が行われていると思われるWikipediaなどでは、第29パラグラフ(吉田証言に1センテンスで言及した箇所)について言及している編集者がいるが、これも決して前後の文脈を考慮した構成にはなっていない。しかもその訳文はAWF訳のものをそのまま採用している。

【原文】 Moreover, the wartime experiences of one raider, Yoshida Seiji, are recorded in his book, in which he confesses to having been part of slave raids in which, among other Koreans, as many as 1,000 women were obtained for "comfort women" duties under the National Labour Service Association as part of the National General Mobilization Law.
Wiki/AWF訳】 強制連行を行った一人である吉田清治は戦時中の体験を書いた中で、国家総動員法の一部であ国民勤労報告会の下で、ほかの朝鮮人とともに1000人もの女性を「慰安婦」として連行した奴隷狩りに加わっていたことを告白している。
【私の改訳】  さらに、強制連行を行った一人である吉田清治は、国家総動員法制下の国民勤労報告会の任務として、ほかの朝鮮人とともに1000人もの女性を「慰安婦」として連行した奴隷狩りに加わっていたことを戦時中の体験を綴った自著の中で告白している。


流石に、日本政府がAWFの訳を鵜呑みにしたまま国連に反論したのだとは思いたくないが、現在ネット上に溢れている慰安婦問題に関する論証・反論が概して、こうした質の低い翻訳に基づいて展開されていることを考えれば、いわゆる”ロストイントランスレーション”の中でどれほどの事実が失われ、対立する双方の中で誤った認識に基づく議論が展開されているかという不毛な現実が見えてくる。

日本人の間で行われる国際問題に関する議論等というのは、得てしてこの程度のものである。

ここにきて、現政権は国連広報を強化すると宣言しているが、国連の広報機関として日本に本部を置く国連広報センターをこれまで十分に機能させてこなかったのは、歴代政府の責任だ。それは第一次安倍内閣も同罪。

クマラスワミ報告にしたって、反論を呈しながら国内に政府の正規の翻訳がないということ自体笑止千万。あり得えない怠慢である。

ただ、それができないのには理由がある。人材が居ないのだ。もっと正確にいえば、国際人材を育ててこなかった。そのつけが回ってきたからといって、今更「強化」とは、本当に笑わせる。

おわりに


事実の記録を丁寧に検証し或いは反証することによってしか、慰安婦問題の強制性を否定することも、肯定することもできない。強制性の事実を証明する圧倒的な数の証言や記録に対し、これを否定できる証拠や記録は少なすぎる。

一方で圧倒的な数の証言や記録の中にも客観性・信憑性・信頼性の点で問題は多く散見される。だから"強制"否定派は「吉田証言」一本に批判の的を絞ったのだろうが、「策士策に溺れる」とはまさにこのことだ。

今後もこうした個別具体的な証言・記録による強制事実の肯定とこれに対する反証は繰り返されることだろう。だがそのこと自体が、この問題が未解決であることを示しており、「吉田証言」が捏造と判明したことただそれだけで否定派が圧倒的に有利になった訳でないのである。

はからずしも否定派は、今回「吉田証言」のみに的を絞って、「1つが捏造なら全部捏造」戦術に出たため、国際的には足下を掬われる結果となっている。ましてやその主な標的となっている国連の報告の翻訳がこの品質で、かつ、この程度の品質の翻訳を鵜呑みにする程度の検証(語学)能力しかないのでは、不毛な議論は終わりそうもない。

その様相は、傍から見てもはや滑稽でさえある。
知らぬは当人たちのみというのもあまりに悲壮だ。

はじめて自分のコラムの題名で「悲報」というネット固有の嘲笑表現を使ったのはそのためである。

まったく嘆かわしいかぎりだ。


(巻末参考比較)「吉田証言」の反証を5センテンスにわたってを記載したC章「慰安所の状況」パラグラフ40のセンテンス毎の日英併記+改訳。


2センテンス目

【原文】 Dr. Hata explained that he had visited Cheju-do, Republic of Korea, in 1991/92 seeking evidence and had come to the conclusion that the major perpetrators of the "comfort women crime" were in fact Korean district chiefs, brothel owners and even parents of the girls themselves who, he alleged, were aware of the purpose of the recruitmentof their daughters.
【AWF訳】 秦博士によれば、1991年から92年にかけて証拠集めるために済州島を訪れ、「慰安婦犯罪」の主たる加害者は朝鮮人の地域の首長、売春宿の所有者、さらに少女の両親たちであったという結論に達した。親たちは娘が連行される目的を知っていたと、泰博士は主張する。
【私の改訳】 秦博士は、1991年から92年にかけて証拠集めのため自ら済州島を訪れ、「慰安婦犯罪」の主たる加害者は朝鮮人の各首長、売春宿の各所有者、さらに少女の両親らそれ自体であったと結論付け、また両親らは娘が連行される目的を承知していたと主張した。

3センテンス目

【原文】 To substantiate his arguments, Dr. Hata presented the Special Rapporteur with two prototype systems of recruitment of Korean women for comfort houses in the years 1937 to 1945.
【AWF訳】 その主張を裏付けるために、博士は本特別報告者に、1937年から1945年までの慰安所のための朝鮮人女性のリクルートは基本的に二つの方法で行われたと説明した。
【私の改訳】 博士はこの主張の裏付けとして、1937年から1945年までの間、慰安所が朝鮮人女性を徴用する方法については基本的に二つのモデルが存在していたことを本特別報告者に説明した。

4センテンス目

【原文】 Both models provide that Korean parents, Korean village chiefs and Korean brokers, that is to say private individuals, were knowing collaborators and instrumental in the recruitment of women to serve as sex slaves for the Japanese military.
【AWF訳】 いずれの方法も、両親や朝鮮人の村長、朝鮮人ブローカーすなわち民間の個人がすべてを承知で協力し、日本軍の性奴隷として働く女性をリクルートする手先となったというのである。
【私の改訳】 このいずれのモデルも、朝鮮人の両親や朝鮮人の村長、朝鮮人ブローカー、すなわち民間の個人が、すべてを承知で協力し、日本軍の性奴隷として奉仕する女性を徴用する役割を担ったことを指し示していた。

5センテンス目

【原文】  Dr. Hata also believed that most "comfort women" were under contract with the Japanese army and received up to 110 times more income per month (1,000-2,000 yen) than the average soldier (15-20 yen).
【AWF訳】 同博士はまた、ほとんどの「慰安婦」は日本軍の契約を交わし、平均的な兵隊の給料(一か月15-20円)よりも110倍も受け取っていたと考えている。
【私の改訳】 秦博士はまた、ほとんどの「慰安婦」は日本軍との契約下にあり、平均的な兵隊の給料(月15~20円)の最大110倍もの収入を得ていたと考えられるとした。

(※補足)秦氏はこの報告の公表の後で、報告書は自分の説明を誠実に反映していないと反論しているが、それは確かにAWF訳だけを見ればそう感じる。とくに4センテンス目で、AWF訳の「手先となったというのである」では、まるで秦博士がそう主張したように捉えられるが、正確には「役割を担ったことを指し示していた」という特別報告者としての所感を示しているのである。つまり、「すなわち」以降の文章は秦氏の説明を受けた特別報告者の解釈なのであり、そこに「解釈の誤りがある」と批判するのは筋が通っているが、「私はそんなことは言っていない。嘘だ」と主張するのは筋違いなのである。これも秦氏の英語読解力の問題か、あるいはAWFの翻訳に依存した結果に生じた一つの弊害だろう。

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