2018/02/03
2015/09/21
転載:ミドルズ時代『別冊宝島』の緊急出版本『集団的自衛権が発動される時』に掲載された記事
『戦争法案に反対するミドルズ』(MIDDLEs)のスタッフだった頃、立ち上げて1か月ほど経った時に突然、『別冊宝島』のライターから取材の申し込みがあった。ムック本が緊急出版されるという話で、そのためにSEALDsと一緒にMIDDLEsも扱いたいのだという。ところが、書籍の主旨を聞いて驚く。なんと保守・リベラル、賛成派・反対派の論客を集めて「集団的自衛権」について論じる内容だという。それなら私も論客の一人に加えてほしかったが(笑)、残念ながらSEALDsに続いて活動を始めたMIDDLEsとしての取材だというので、快く応じた。1か月後、こんな立派な本↓ができあがっていた。
しかも目次を見てさらにたまげた。そうそうたる論客(青山繁晴を除いて)で、安保法制の2法案全文も巻末付録として記載されている。資料としても一級の出来。ご覧の通りの重厚な内容だ。↓
しかも目次を見てさらにたまげた。そうそうたる論客(青山繁晴を除いて)で、安保法制の2法案全文も巻末付録として記載されている。資料としても一級の出来。ご覧の通りの重厚な内容だ。↓
そんな内容の中に、SEALDsの運動を扱った全体6ページのセクションがある。ひじょうに読み応えがあるので、SEALDsに関心のある方には是非読んでもらいたい。
以下、上記のハイライト部分を含めた全体の一部を、著者の許可をいただいて全文転記する。私にとっては、MIDDLEsの一員として突っ走った約2か月の一つの痕跡として残った。以下、青文字部分が私の発言と取材部分。それにしても、きれいな言葉にまとめてくれるものである。流石はプロ。
学生たちの生の声が一般の人たちの心を動かした
SEALDsとはStudents Emergency Action for Liberal Democracy-sの略で、「自由と民主主義のための学生緊急行動」である。彼らのいちばん大きな特徴は、代表者がいないことであろう。SEALDsの顔として明治学院大学の奥田愛基さんが知られるが、彼は代表者ではないのである。
FacebookやTwitterなどのSNSを通して、自らの考え方を発信し、共感する人たちがフォローしたり、DMを送ったりすることで繋がっていった。情報共有はグループLINE。200人前後がいまSEALDsとして活動しているというが、メンバーの名簿などは存在しない。
そんな彼らのデモでは、「守る」という言葉が多く語られている。冒頭のコールの他にも、“子どもを守れ”“未来を守れ”というのものもあるのだ。
デモは破壊活動、というのがある種のイメージであった。それが、守るために集まり、声を上げている。15年安保闘争を主導する学生たちは、いまの平和を守りたい、という思いが強いのであろう。
以前の安保闘争では主語は「我々」だったが
現在は「私」となり、個人の意志を主張
そして彼らの大きな特徴は、名前と所属大学、年齢を明らかにして、一人称で語ることでもある。以前の安保闘争では「我々」だった主語は、「私」となり、個人の意志を表明するのである。そして、スピーチの最後には「私はこの戦争法案に反対します」と、再度個人として語るのだ。
「個人情報を自ら明らかにすることは、現代社会では大きなリスクです。実際に、彼らの情報はネットを探れば驚くほど集められる。中には心ないものも多い」
と言うのは、SEALDsに触発されることで生まれた、ミドルズの勝見貴弘(42歳)氏である。ミドルズとは、ミドル世代のことで、学生よりも社会経験があり、でも、社会的立場があって表立って行動するのが難しい世代の集まり、である。
「学生はまさに私たちの子どもの世代。彼らが立ち上がらなければならなかったのは、私たちがそんな社会を作ってしてまったからです」
ミドルズもSNSを使って人を集めている。もちろん、名簿もない。
「子どもにたちに子どもを守れと先に言わせてしまった。未来を守れとも言わせてしまった。安保が必要かどうか、それよりも、まず明らかな憲法違反の法律を通すわけにはいかない。手続き論ですが、憲法を守れ、そこからはじめていきたい」
一歩先んじてママの会も発足し、SEALDs自体も全国に拡大。高校生の団体も加わった。大きなムーブメントになりはじめているのは事実であろう。その証拠に、8月23日、SEALDsが中心になって呼びかけた、『戦争法案に反対する全国若者一斉行動』は、なんと全国で64か所で行われた。各地で学者や法曹関係者、政治家、そして若者たちがスピーチを行い、街をデモ行進したのである。会場のひとつ表参道では、6500人が集まったのだ。
2015/07/16
BBC特派員、安保法制の衆院可決を「大戦後初めて海外で戦闘に加わる日本」と表現(英日併記動画起こし)
Japanese troops set to fight overseas for first time since World War Two - BBC News
第二次世界大戦後初めて海外で戦闘に加わる日本の自衛隊
ルーパート・ウィングフィールド=ヘイズ
東京特派員
個人訳・公式訳ツイートまとめ
It looks like its turning into a long, hot, political summer in Tokyo. On the streets, anger against Prime Minister Abe and his government is growing.
東京は長く、暑い、「政治の夏」を迎えようとしています。街は、安倍首相とその政府に対する怒りに満ちています。
These are some of the biggest demonstrations we've seen here in Japan in recent years. You can see on the other side of the street here probably ten, twenty thousand people here this evening. They've been coming out every night. The reason they're coming out here is because inside the parliament, the ruling party has just passed a new bill from a Committee that allow Japanese troops to go and fight overseas for the first time since the Second World War.
日本では近年最大級のデモがいま起きています。今夜、この向こう側には、およそ1万から2万人の人びとが集まっています。彼らは毎晩ここに来ています。なぜここに来るのか。あの国会議事堂の中で、つい先ほど、委員会で新しい法律が可決されたからなんです。この法律により、日本の自衛隊は第二次大戦後初めて、海外で戦闘任務に就くことになります。
Inside the chamber, passions were also running high, as opposition MP's tried to stop the vote from going ahead. This sort of behavior is almost unheard of here.
国会議事堂の中でも、反対派の議員らが採決を阻止しようと、熱い戦いが繰り広げられています。日本ではひじょうに希な光景です。
Outside, the crowd is addressed by one of 9,000 academics who've declared the new security bill to be unconstitutional.
議事堂の外では、この新安保法制を違憲だと宣言した、9000人の学者のうちの一人が演説しています。
"Mr. Abe is trying to change the Constitution by making legislation. This is a denial of Constitutional reasoning. So I must say liberal democracy in Japan is facing the deepest crisis in the postwar history." - Professor Jiro Yamaguchi, Hosei University.
「安倍首相は法律を作ることで憲法を変えようとしています。 これは憲法解釈の否定です。日本の自由民主主義は戦後最も深刻な危機に瀕しているといえるでしょう。」国会で参考人陳述を行った法政大学の山口二郎教授
Japan's youth, usually written off as apathetic and apolitical appears to have suddenly woke up.
従来は無関心で政治に興味がないとされていた日本の若者たちも、急に目覚めたようです。
Is it the new law that you're most angry about, or is it Prime Minister Abe you're most angry about?
最も怒りを感じているのは、新法制についてですか?それとも安倍首相に対してですか?
"I'm angry at both; the new security bill and the Prime Minister Abe. The new security bill is against the Japanese Constitution, or Article 9. And Japanese Prime Minister Abe doesn't understand the Japanese Constitution or Constitutional reasoning. So this is a danger of Japanese democracy." - Jinshiro Motoyama, Student
「新安保法制と安倍首相の両方に怒りを感じています。新安保法制は、憲法や憲法九条に違反しています。安倍首相は憲法のことも、憲法解釈も理解していません。だから、日本の民主主義は危険な状態にあります。」元山仁士郎さん(国際基督教大学の学生)
Mr. Abe will not lose Thursday's vote at the parliament, but this could be the beginning of a long fight for the future of Japan.
安倍氏が木曜の本会議採決で敗れることはないでしょう。しかし、これから日本の未来を懸けた長い戦いが始まるのかもしれません。
These protesters aren't just here to try and stop young Japanese men from being sent overseas to fight again. This is really about a battle for what Japan's Constitution means. These people believe the postwar Constitution is a precious gift that was given to Japan by the Americans. Prime Minister Abe and his supporters inside the parliament believe it was a humiliation imposed on Japan by the American conquerors. In the end, they'd like to get rid off it.
デモに参加する人たちは、ただ日本の若者たちが再び海外で戦闘することを止めるために、ここにいるのではありません。 これは日本国憲法とは何か、という戦いなのです。彼らは、日本国憲法はアメリカから与えられた大切な贈り物だと思っていますが、国会の中にいる安倍首相やその周囲の人間は、アメリカの占領軍によって日本に押しつけられた屈辱であり、最終的にはなくしてしまいたいと考えているからです。
Text & Translation by: Office BALÉS News
2015/07/04
【書き起こし】7月1日平和安全特別委員会での伊勢崎賢治氏の意見陳述 Vol.2 by 田中 遊梦さん
【7月1日平和安全特別委員会での伊勢崎賢治氏の意見陳述 Vol.2】
伊勢崎賢治氏の意見陳述本当の書き起こし後半部分、いよいよ核心内容です。
これは戦争法案の根本的な問題点を突いた、すごい発言でした。
この言葉を聴いて戦争法案の強行採決なんか、本来なら(まともな精神なら)できる訳ありません。
この言葉を聴いて戦争法案の強行採決なんか、本来なら(まともな精神なら)できる訳ありません。
(※以下、字を大きめにしてあります)
伊勢崎賢治氏の意見陳述 書き起こしVol.2
じゃあ、この中で日本の自衛隊はどうするのか?
繰り返しますが、昔と違って停戦が破られても撤退はできません。
そんなんだったら「最初から来るな」って事です。
例えば陸上自衛隊の施設部隊が兵站活動の一環として道路建設をしていると考えてください。
そこに、武装グループに追われた住民が助けを求めて駆け込んで来、そしてその時、住民に銃口が向けられていたら、例え銃口が自衛隊に向けられていなくても応戦しなければなりません。
そこに、武装グループに追われた住民が助けを求めて駆け込んで来、そしてその時、住民に銃口が向けられていたら、例え銃口が自衛隊に向けられていなくても応戦しなければなりません。
また、保護した住民の中に武装グループが紛れていたらどうするか?住民と戦闘員の区別はつきません。
その結果、住民を誤射してしまう場合があります。これはPKOの現実としてしっかり想定するべきです。
その結果、住民を誤射してしまう場合があります。これはPKOの現実としてしっかり想定するべきです。
一方、日本ではそう云う武装グループは「国家、もしくは国家に準ずる組織(国準)」ではなく、「そう云う連中への武力の行使は国際法での武力の行使には当たらない」という議論をしている。
この日本独自のロジックは、現代の国際人道法の運用には全くありません。
って云うか…「国家、もしくは国家に準ずる組織」て勝手に想定し、国際人道法に関係なく「殺せる」って事に取れますので、もしこれを英語に訳して発信したら大変なことになるので、絶対しないで欲しい。
自衛隊員が任務遂行の中で誤って住民を傷付けてしまったら、これは過失です。
非戦闘員を多く殺傷すれば、それを国際人道法違反と判断されます。
非戦闘員を多く殺傷すれば、それを国際人道法違反と判断されます。
PKOでは、国連が一括して地位協定を現地と結ぶ事で「現地法からの訴追援助の特権」を国連PKF全体に付託します。
PKF部隊が過失を起こした場合、国連には軍事法廷はありません。各国の軍法に裁く事になります。
PKF部隊が過失を起こした場合、国連には軍事法廷はありません。各国の軍法に裁く事になります。
なだめるには「ごめんなさい、でもあなた達の法律よりもっと厳しいうちの軍法で裁くから許してね!」って言うしかない。
でも日本は「軍法」がないので、この言い訳ができません。
でも日本は「軍法」がないので、この言い訳ができません。
その結果、国際人道法違反としてこれは非常に重大な外交問題に発展します。
軍法がないなら、海外での自衛隊の過失はどう裁かれるか?
これは日本の刑法しかありませんが、国外犯規定があり、日本人が海外で侵す「過失」は裁きません。
その為、この過失を「犯罪」として裁くしかありません。自衛隊個人が犯罪として責任を負うのです。
これは重大な矛盾です。
これは日本の刑法しかありませんが、国外犯規定があり、日本人が海外で侵す「過失」は裁きません。
その為、この過失を「犯罪」として裁くしかありません。自衛隊個人が犯罪として責任を負うのです。
これは重大な矛盾です。
自衛隊の皆様は「国防」に命を懸けるのはやぶさかではないと思っているはうです。
しかし、国防以外の事です。
「以外の事に命をかける」のは、それ相応の大義が必要です。
しかし、国防以外の事です。
「以外の事に命をかける」のは、それ相応の大義が必要です。
「国際平和に死する」…こう云う大義名分は簡単に言えます。
しかし、何が起こっても最終的に国家が全責任を取るという法整備をしているでしょうか?
僕はしていないと思います。
しかし、何が起こっても最終的に国家が全責任を取るという法整備をしているでしょうか?
僕はしていないと思います。
これ無しに、命を懸けられる大義は生まれません。
これは今回の安保法制の問題ではありません。
1992年のカンボジアPKO派遣以来、現場に送られて来た自衛隊だけが抱え込んで来た矛盾であります。
1992年のカンボジアPKO派遣以来、現場に送られて来た自衛隊だけが抱え込んで来た矛盾であります。
自衛隊の根本的な法的地位を国民に問う事無しに、自衛隊を海外に送ってはなりません。
【書き起こし】7月1日平和安全特別委員会での伊勢崎賢治氏の意見陳述 Vol.1 by 田中 遊梦さん
【7月1日平和安全特別委員会での伊勢崎賢治氏の意見陳述 Vol.1】
伊勢崎賢治氏の意見陳述本当にすごかったですね!
これは戦争法案の根本的な問題点を突いた、すごい発言でした。
この言葉を聴いて戦争法案の強行採決なんか、本来なら(まともな精神なら)できる訳ありません。
この言葉を聴いて戦争法案の強行採決なんか、本来なら(まともな精神なら)できる訳ありません。
映像はこのリンクでご覧ください。
映像の大まかな書き起こしをしましたが、長いので、2つに分けて投稿します。
前半はPKOの現代までの流れを説明しています。
Vol.2の方が今回の戦争法案への反対意見としての圧倒的な反論になる内容なのですが、このVol.1もその前提説明になっているので、よかったら読んでみてください。
(※以下、字を大きめにしてあります)
伊勢崎賢治氏の意見陳述 書き起こしVol.1
そもそもPKOとは、武力介入という強制措置でありながら、紛争当事者全ての合意があると云う、つまり国連憲章において第6章と第7章の中間にある第6章半と言われていました。
多くの場合、ある紛争国の政府と反政府勢力の間に内戦が起こってやがて停戦になると…その双方が中立であるPKOが割って入るという、これを認めている状態です。
ですからその時代のPKOというのは、主要任務は停戦監視が筆頭任務でした。
PKOの軍事部門である国連平和維持軍(PKF)は、自動小銃などの軽武装、そしてできる限り大所帯で行くという、これで現場を確保して停戦が破られないように抑止力として機能するという、こう云う考え方が一般的でした。
我が国のPKO参加五原則と云うのは当時のそういう前提に生まれたものだと理解しています。
PKFを軽武装で大規模にするというのは、国連はあくまでも中立性を保ちたい、もしくは国際人道法、戦争の当事者になりたくないと云う、国連の意思の表れであります。
国際人道法とは人道的な戦争を行うための「流儀」を示したものです。
つまり、攻撃して良いものといけないものを区別する、もちろん、攻撃していけないものは「一般住民」です。
こう云う戦争の人道面に関する立法化を、人類は試行錯誤して来ました。
こう云う戦争の人道面に関する立法化を、人類は試行錯誤して来ました。
その大元になるのが、1949年のジュネーブ諸条約です。
でもこの時でも、想定する戦争するのは「国家対国家」でした。
でもこの時でも、想定する戦争するのは「国家対国家」でした。
その後、内戦の時代を迎えます。で、国際人道法が想定する戦争の定義が拡大します。
内戦とはある一国の中だけで完結しないのです。
例えば、アフリカのそれのように、植民地時代に引かれた人工的な国境を反政府勢力が跨いで活動すると、こう云う事が一般的です。
つまり周辺国同士の政治が複雑に絡んだ構造、それが内戦です。
つまり周辺国同士の政治が複雑に絡んだ構造、それが内戦です。
ですから、今日では極めて国内化したものになっています。
停戦の監視をを前提としてPKFが派遣され、もしその目の前で停戦が破られ戦争が始まってしまったらどうするか?
この場合、PKFはどうするのか?
この場合、PKFはどうするのか?
この問題は国連の法務局と国際法研究者の中でずっと議論されて来ました。
まず、PKO(PKF含む)の要員はこれを攻撃する事は国際法下では、違法とされています。
これを「PKO要員の保護特権」と云います。
でももし、PKFが武力行使をしたら、その保護特権はどうなるのか?
「国際人道法」はご存知のように、交戦したい同士がお互いを合法的な攻撃目標とし、「人道的な戦争をする流儀」を定めたものです。
ですからその一方だけが、保護特権を持つと云う事は概念上許されません。
よってPKOが自ら武力行使をしたら、その保護特権は失われる、そして交戦相手と同等になるという考え方が定着している。
ですが利害の関係のないもめごとに首を突っ込むことですので、本来ならやる気が起きません。
しかし1994年、後にPKOの行動指針を根底から激変させる事件が起こります。
アフリカのルワンダの多数を占めるフツ族と反政府派のツチ族で内戦が行われ続け、停戦になった時PKOが発動され、PKFが派遣されました。
アフリカのルワンダの多数を占めるフツ族と反政府派のツチ族で内戦が行われ続け、停戦になった時PKOが発動され、PKFが派遣されました。
この時、この殺戮を首謀したのが政府側フツ族です。この時、現場のPKF司令官は住民を保護するための武力行使を進言します。
しかし、安保理はこれを却下します。同時にPKFに兵力を提供していた国々が離れてしまった…
その結果、100日間で100万人の住民が殺されてしまった。これが「ルワンダの大虐殺」です。
これを契機として「保護する責任」が生まれました。
その際には武力の行使も構わない、これは保護する責任って云う考え方で「内政府干渉の原則」とバッティングします。
その際には武力の行使も構わない、これは保護する責任って云う考え方で「内政府干渉の原則」とバッティングします。
一方で1999年、国連事務総長官報として全てのPKFは国際人道法の紛争の当事者になる覚悟を持てと云う宣言をします。
そしてPKFは住民の保護が主要任務になります。
今は「停戦の監視より住民の保護が優先される時代」となりました。
つまり「停戦が破れ、戦闘状態になってもPKFは撤退しません」「住民の保護の為に武力行使をします」
つまり「停戦が破れ、戦闘状態になってもPKFは撤退しません」「住民の保護の為に武力行使をします」
って云う事は「停戦が破れたら活動停止、そして撤退」という我が国のPKO五原則はここで、根本的に見直さなければなりません。
PKFの任務激変に伴い、それに兵力を提供する先進国からの派兵は激減しており、それに代わり既得利権感を持つ周辺国が有効と変わってきている。
こういう状況で日本のような先進国に何が期待されているのか?
まず資金、でもただ金を出すばかりではありません。
まず資金、でもただ金を出すばかりではありません。
このようにPKF自身が好戦的になっていますので、PKF自身が国際人道法違反しないように司令部のポストを狙います。
または国連軍事監視団、これは「安保理の目」と言われてまして、PKFでさえ、その監視の対象になります。
このようにPKOの中立性が失われる中で、最後の砦が「国連軍事監視団」であり、非武装の軍人がやることが原則です。
2014/07/13
(書き起こし)2014.7.3放送クローズアップ現代『集団的自衛権 菅官房長官に問う』抜粋引用+再校正+未記載部分
【集団的自衛権】菅官房長官に問う 投稿者 311akatsuki
@kingo999 さん転載の書き起こしテキスト via Mediacrit の抜粋・校正
(参考)番組公式「放送丸ごとチェック」全文
NHKクローズアップ現代「【集団的自衛権】官房長官に問う」(2014.07.03)登場人物一覧
集団的自衛権
管官房長官に問う
国谷キャスター: ここからは集団的自衛権の行使容認について考えていきます。
従来の憲法9条の政府見解の解釈では武力行使が許容されるのは日本に対する武力攻撃が発生した場合に限られるとされてきました。
政府は憲法9条の解釈を変更し、「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し日本の存立が脅かされ国民の権利が根底から覆される明白な危険がある場合に必要最小限度の実力の行使をするのは憲法上許容される」という解釈を打ち出し、戦後日本の安全保障政策を大きく転換する閣議決定を行いました。
日本を取り巻く安全保障環境の変化が最大の理由だとしています。
憲法解釈の結論として許容されないとしてきた集団的自衛権を容認するという大転換。
政府は、あくまで安全保障政策の根幹を成す専守防衛、武力行使は自衛のために限るという方針に変わりはないとしています。
これまで世界の多くの戦争が自衛の名の下に行われてきたのも事実です。
憲法9条による徹底した平和主義が貫かれてきた歴史にはそうした背景もあります。
それだけにこの憲法9条の精神を貫くためにはより具体的な武力行使への歯止めが求められています。
重大な解釈の変更であるにもかかわらず閣議決定に至るまでの過程で国民的な理解、そして議論が深まっていないという声が多く聞かれます。
なぜ今、この大転換なのか。
集団的自衛権の行使容認は限定的だといっても果たして歯止めは利くのでしょうか。
ナレーション: 集団的自衛権の行使容認に強い意欲を示してきた安倍総理大臣。
歴代の政権は集団的自衛権について憲法9条の下では「持っているが、使えない」としてきました。
集団的自衛権の行使は許されないという憲法解釈が示されたのは昭和47年の政府見解でした。
当時、ベトナムではアメリカが集団的自衛権を行使し戦争を行っていました。
日本は、集団的自衛権を憲法上、どう位置づけるのか政府は国会で見解を求められます。
そのとき示されたのが自衛権の行使が許されるのは日本が侵害を受けた場合に限るとして集団的自衛権の行使は憲法上許されないという解釈でした。
今回、安倍政権はこの見解の中にあった文言を引用して「集団的自衛権の行使は容認できる」という逆の解釈を導き出します。
昭和47年の政府見解をもとに当初、自民党が公明党に示した武力行使の新たな3要件。
47年見解にはなかった「他国に対する武力攻撃」を加えることで集団的自衛権の行使を可能にする内容となっています。
これに対し公明党は拡大解釈されかねないと懸念を示します。
集団的自衛権の行使にどう歯止めをかけるのか議論が続きました。
その結果、自民党が示した文案で「他国」とされていた文言を「日本と密接な関係にある他国」に修正。
また、「おそれ」とされていた文言を「明白な危険」に変えました。
政府は、従来の政府見解の基本的な論理の枠内で導いた結論だとしています。
しかし、今回の閣議決定では自衛隊の任務がどこまで拡大するのか具体的なことは示されませんでした。
与党協議では当初シーレーン・海上交通路での国際的な機雷の掃海活動など8つの事例について議論しました。
しかし、自民党と公明党の間で考えの違いが表面化し結論は出ていません。
どういう場合に武力の行使が許されるのか。
時の内閣が総合的に判断するとされています。
政府は憲法9条の解釈を変更し、「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し日本の存立が脅かされ国民の権利が根底から覆される明白な危険がある場合に必要最小限度の実力の行使をするのは憲法上許容される」という解釈を打ち出し、戦後日本の安全保障政策を大きく転換する閣議決定を行いました。
日本を取り巻く安全保障環境の変化が最大の理由だとしています。
憲法解釈の結論として許容されないとしてきた集団的自衛権を容認するという大転換。
政府は、あくまで安全保障政策の根幹を成す専守防衛、武力行使は自衛のために限るという方針に変わりはないとしています。
これまで世界の多くの戦争が自衛の名の下に行われてきたのも事実です。
憲法9条による徹底した平和主義が貫かれてきた歴史にはそうした背景もあります。
それだけにこの憲法9条の精神を貫くためにはより具体的な武力行使への歯止めが求められています。
重大な解釈の変更であるにもかかわらず閣議決定に至るまでの過程で国民的な理解、そして議論が深まっていないという声が多く聞かれます。
なぜ今、この大転換なのか。
集団的自衛権の行使容認は限定的だといっても果たして歯止めは利くのでしょうか。
集団的自衛権
“歯止め”をめぐって
ナレーション: 集団的自衛権の行使容認に強い意欲を示してきた安倍総理大臣。
歴代の政権は集団的自衛権について憲法9条の下では「持っているが、使えない」としてきました。
集団的自衛権の行使は許されないという憲法解釈が示されたのは昭和47年の政府見解でした。
当時、ベトナムではアメリカが集団的自衛権を行使し戦争を行っていました。
日本は、集団的自衛権を憲法上、どう位置づけるのか政府は国会で見解を求められます。
そのとき示されたのが自衛権の行使が許されるのは日本が侵害を受けた場合に限るとして集団的自衛権の行使は憲法上許されないという解釈でした。
昭和47年の政府見解をもとに当初、自民党が公明党に示した武力行使の新たな3要件。
47年見解にはなかった「他国に対する武力攻撃」を加えることで集団的自衛権の行使を可能にする内容となっています。
集団的自衛権の行使にどう歯止めをかけるのか議論が続きました。
その結果、自民党が示した文案で「他国」とされていた文言を「日本と密接な関係にある他国」に修正。
また、「おそれ」とされていた文言を「明白な危険」に変えました。
政府は、従来の政府見解の基本的な論理の枠内で導いた結論だとしています。
しかし、今回の閣議決定では自衛隊の任務がどこまで拡大するのか具体的なことは示されませんでした。
与党協議では当初シーレーン・海上交通路での国際的な機雷の掃海活動など8つの事例について議論しました。
しかし、自民党と公明党の間で考えの違いが表面化し結論は出ていません。
どういう場合に武力の行使が許されるのか。
時の内閣が総合的に判断するとされています。
なぜ いま
集団的自衛権なのか
集団的自衛権なのか
他国を守るための戦争には参加しない?
国谷キャスター: 菅さん、この集団的自衛権行使の容認ですけれども、これは閣議決定によりますと、日本の自衛のための集団的自衛権の行使となるのであって、他国を守るための行使はしないというふうになっています。確認ですけれども、他国を守るための戦争には参加しないということですか?
管官房長官:それは明言してます。
なぜ今まで憲法では許されない、
とされていたことが、容認されるのか?
国谷キャスター: それは明言されていると。ではなぜ、今まで憲法では許されないとされていたことが、容認されるというふうになったのかということなんですけども、これまでは日本の安全保障は、日米安保条約の下、強大な在日米軍こそが、日本を防衛する最大の強力な抑止力になっているという考え方だったわけですけども、その安全保障環境の変化によって、この日米安保条約でも抑止力が不足、集団的自衛権によって補わなくてはならない事態になったという認識なんでしょうか?
管官房長官: 今ですね、昭和47年の映像がありました。
当時と比較をして、42年間たってるんですよね。
例えば国際化、その間にどのぐらい進んだかですよね。
今、わが国の国民は、150万人の人が海外で生活をしているんです。
そして1800万人の人が、これ、海外ですね、旅行を含めて渡航してます。
そうした時代になりました。
そしてまた、わが国を取り巻く安全保障の環境というのは、極めて厳しい状況になっていることも、ここは事実だと思います。
そういう中にあって、どこの国といえども、一国だけで平和を守れる時代ではなくなってきたという、まずここが大きな変化だというふうに思います。
そういう中で、わが国としては、例えばですよ、これ、総理がこの政府の基本的な方針を決定をしたときに、記者会見で事例の一つとして申し上げましたけれども、総理自身が国民の皆さんの生命と平和な暮らし、そして国の安全を守るために、現在の法制度で、そこについて大丈夫かどうか、そして、もし変える必要があれば、最善のほうはどうかということを、安保法制懇というこのいわゆる安全保障の専門家の皆さんにお願いをしたんですね、当時。
そして、その報告書を受けて、今回、政府の基本方針というものを、与党の中で11回議論をして、政府としての基本方針というものを閣議決定をしたんですね。
そういう中で、やはりこの日米同盟、ここを強化をする。
強化をすることによって、抑止力、これが高まりますから、その抑止力を高めることによって、わが国が実際、この武力行使をせざるをえなくなる状況というのは、大幅に減少するだろうと、そういう考え方のもとに、今回、新要件の3原則というものを打ち立てたわけであります。
例えば、一つの例としまして、総理が言ったのは、例えば近隣諸国で武力攻撃があった場合、日本は国民、かつてはそんなに海外で生活していない、今は多くの人がいらっしゃいますから、その人たちを米軍に輸送をしてもらうということに、日米の間になってます。
その米軍の輸送船、これを現在の憲法では邦人を避難するための輸送船ですけれども、現在の憲法では、わが国に武力攻撃が発生しなければ、日本の海上自衛隊は防護する、護衛することもできないんですよ。
ですから、果たしてそうしたことで、国民の皆さんの生命を守ることができるのかどうか。
そうしたことも含めて、この隙間のない法整備をするということが、やはり極めて今、重要だろうと。
政府にとって、まさに政府の…という考え方の中で、今回、この閣議決定をして、閣議決定をした後に、これから法案を作るんです。
法案を作るのに3、4か月、これ、かかると思いますから、国会で法案をまず、私ども政府案を作って、そしてそれを国会に提出する、その段階で、国会でこれは議論しますから、そこで徹底をして議論をする、慎重に議論をしたうえで、国民の皆さんにも理解をしていただける、そういう努力をしっかりしていきたいというふうに思ってます。
国際的な状況が変わったからといって、
解釈を変更してよいのか?
国谷キャスター: 憲法の解釈を変えるということは、ある意味では、日本の国の形の在り方を変えるということにも、つながるような変更だと思うんですけれども、その外的な要因が変わった、国際的な状況が変わったということだけで、解釈を本当に変更してもいいんだろうかという声もありますよね。
管官房長官: これはですね、逆に42年間、そのままで本当によかったかどうかですよね。今、大きく国際化という中で、変わってることは、これ、事実じゃないでしょうか。
そういう中で、憲法9条というものを、私たちは大事にする中で、従来の政府見解、そうしたものの基本的論理の枠内で、今回、新たにわが国と密接な関係がある他国に対する武力攻撃が発生して、わが国の存立そのものが脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険という、そういうことを形の中に入れて、今回、閣議決定をしたということです。
「密接な国」を、その時々の政権が
あらかじめ決めるのか?
国谷キャスター: その密接な国というのが、どういう国なのか。
当然、同盟国であるアメリカっていうのは、想像できるんですけれども、それはあらかじめ決めておくのか、それともその時々の政権が、これは密接な関係のある国だと決めるのか、これ、限定的な行使ということをきちっと守っていくうえでも、影響がある問題だと思うんですけれども。
菅官房長官: そこについては、同盟国でありますから、アメリカは当然であります。
そのほかのことについては、そこは政府の判断、時々のこれは状況によって判断していくということに、これはなってくるというふうに思います。
時の政権の判断で拡大解釈されるのでは、
という懸念にはどう応える?
管官房長官: そこは、ここで、この新要件の3原則の中で、「わが国の存立が脅かされる」。「わが国」ですから。
そして国民の生命・自由、そうしたものの幸福の権利が根底から覆されるという、ここで一つのしばり。
また国民を守るために、「他の適当な手段がないこと」。
さらに必要最小限度の実力行使。
ここで新3要件の中で、しっかりと歯止めがかかっているというふうに思います。
あくまでも「わが国、国民」であります。
「他国への武力攻撃が発生し、
日本の存立が脅かされる事態」とは?
原記者: 他国への武力攻撃が発生して、これによって日本の存立が脅かされる事態というのは、これはなかなか具体的にイメージしにくいんですけれども、これはどういう事態、具体的に何かこう?
管官房長官: 例えば先ほど一つ事例で申し上げましたけれども、かつて北朝鮮が、日本の領空をミサイル発射しましたですよね。
例えば日本海で、そうした兆候があると、そういう中で、アメリカの船舶と日本の船舶が警戒をしてたとしますよね。
そういう中でアメリカの船舶が攻撃をされた。
これは日本の安全のために出動してくれているわけですから。
現在の憲法解釈では、それ、相手に攻撃することは、日本の海上自衛隊はできないんですね。
それは日本が武力攻撃があって、初めてできるわけですから。
果たしてそれで日米同盟が維持することができるかということです。
ここはやはり、非常に問題がありますよね。
こうしたことについて、切れ目のない、この法整備をしっかりしていこうということなんです。
機雷除去には与党内で
一致していなかったが、
政府としての立場は?
原記者: 与党協議の中の具体的事例などでは、シーレーン、中東の例えば海上交通路ですね。
あのへんは必ずしも意見が一致していなかったわけなんですけれども、政府としては、どういう立場を取ってるんですか?
菅官房長官: ここは海洋国家ですからね、わが国。
わが国にとって、エネルギーだとか、食糧、こうしたものの輸入、この安全のために、やはりこの安全を確保するということは、極めてこれ重要だと思いますよね。
そういう中で、現在、ホルムズ海峡、あそこで原油の約8割が、あそこを通ってきておりますから、あそこでもし紛争が発生した場合、ここについては、機雷がまかれたような事態になれば、わが国の国民生活にとってこれは死活的な問題になりますよね。
こういう状況にあったときに、先ほど申し上げましたけど、3要件、新たな3要件が満たす場合に限り、ここは憲法上、機雷を除去するために、動くことは可能だというふうに思います。
集団的自衛権
“歯止め”は
他国の強力な支援要請があった場合、
果たして断りきれるのか?
そしてその歯止めがかかっているということは、政府のほうから聞こえてくるんですけれども、ただ憲法上、集団的自衛権の行使が容認されるとなりますと、非常に密接な関係にある他国が、協力に支援要請をしてきた場合、これまでは憲法9条で容認されないと、認められないということが、大きな歯止めになっていましたけれども、果たして断りきれるのかと。
菅官房長官: ここは、新要件の中に、わが国の存立を全うすると、国民の自由とかですね、そこがありますから、そこは従来と変わらないというふうに思ってます。
国谷キャスター: 断りきれると?
管官房長官: もちろん。
集団的自衛権
管官房長官に問う
日本独自のプレゼンス(存在感)が
日本独自のプレゼンス(存在感)が
失われることはないか?
菅官房長官: それは全くないと思います。
私、申し上げましたように、日本と関係のある他国に対する武力攻撃が発生をし、「わが国の存立が脅かされ」て、そして「国民の生命、そして自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」ということで、しっかり歯止めかけてますから、そこは問題ないと思ってます。
集団的自衛権で第三国を攻撃したら、
日本から攻撃したことになるのか?
それは戦争っていうのは、他国の、自国の論理だけでは、説明しきれないし、どんな展開になるか分からないという、そういう危険を持ったものですから。
菅官房長官: こちらから攻撃することはありえないです。
国谷キャスター: しかし…。
管官房長官: そこは。
国谷キャスター: しかし集団的自衛権を行使している中で、防護…。
菅元首相: ですから、そこは最小限度という、ここに3原則という、しっかりした歯止めがありますから、そこは当たらないと思いますよ。
東シナ海や南シナ海に対して今後、
政府としてどう取り組んでいく?
菅官房長官: これはぜひご理解をいただきたいんですけど、わが国は10年前と比較をして、防衛力はマイナスです。
そして安倍政権になって、私たちが防衛費、よく軍国主義とか、他の国に言われるときありますけど、私たちは0.8%しか伸ばしてないんです。
そして昨年の暮れですね、防衛大綱というものを決定をしましたよね。
その中で、中期防衛計画というのは、現在と同じ5年間の防衛費というのは現在と同じぐらいですから、そこは明らかに日本の安全保障というのは、変わらないということが一つの証しじゃないでしょうか。
しかし、近隣諸国ですよ、10年で4倍になってる国さえあるじゃないですか。
そういう中で、2桁、まだ軍事費を伸ばし続けている国があります。
そういう意味において、やはりわが国の取るべき道というのは、やはり日米関係を強化して、抑止力を高めていく、このことを私たちは、今回、閣議決定をして、これから法案にするについて、法案を作るのに3、4か月と言いました。
これは約1年かかると思いますよ。
そういう中で、国会で審議をして、そこの日本の新3要件を含めて、国民の皆さんにしっかりとそれは理解をしていただくように、丁寧にこれから国会で審議をしていきたい、こういうように思っております。
不安や懸念は、払拭できるのか?
原記者: 不安や懸念というのはありますけれども、このへんは払拭できますか?
菅官房長官: ですから国会審議の中で、しっかりとこれは慎重に、一つ一つ、具体的なことを挙げながら、国民の皆さんに間違いなく理解をしていただけると、このように思っています。
2013/11/24
《和訳》俳優マット・デイモンが生涯の友ハワード・ジンの『市民的不服従論』を朗読
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以下は、歴史家・政治学者・劇作家で希代の活動家でもあった故ハワード・ジンが1970年11月に行った演説の内容の抜粋を、2012年1月末にあるイベントで、生涯の友であり俳優のマット・デイモンが読み上げたものをそのまま飜訳したものである。このジンの演説はのちに、"The Zinn Reader: Writings on Disobedience and Democracy"という本の一部として出版されており、原文の抜粋箇所は、このファンサイトから拝借した。
世界は常にあべこべ
まず私は、こう仮定することから始める。
この世界はすべてがあべこべだと。
すべてが間違っており、
間違った人びとが罪を問われ、
あるいは罪を問われず、
間違った人びとが権力を握り、
あるいは権力の座を追われ、
そしてこの国や世界の富が、
小手先の改革ではなく、
劇的な富の再分配を必要とするような
分配のされ方をしている、と。
また私はこう仮定することから始める。
このことについて、異論などある筈もない、と。
なぜなら、ちょっと踏みとどまって
世界の状況のことを考えてみれば
誰でも、この世界のすべてが
あべこべだということに気付くからだ。
もし考えることをせずに、
TVや学者の言うことだけを信じていれば、
「現実はそんなに悪くない」
「些細なことがおかしいだけ」と、
思ってしまうことだろう。
だが、少し離れたところから見てみると、
世界のありようが、見えてくるようになる。
そして、恐ろしくなるだろう。
だから、この仮定から始める。
世界はすべてあべこべなのだと。
「市民的服従」こそが問題
「市民的不服従」という
この話題も、実にあべこべだ。
「市民的不服従」を話題にした突端、
「市民的不服従に問題がある」と、
言っていることになる。
問題は、そこにあるのではない。
問題は、「市民的服従」にある。
問題は、世界中の多くの人びとが、
それぞれの政府の指導者の命じるがまま、
付き従ってきたことにある。
そして服従したがために、戦争が起こり、
数百万もの人びとが殺されたことにある。
ナチスドイツがまさに、そうだった。
問題が服従にあったことは、もう分かっている。
人びとは、ヒトラーに従った。
人びとは従った。それが間違いだった。
人びとは疑問を唱えるべきだった。
そして抵抗すべきだった。
我々がその場にいたら、きっと、
そうして見せただろう。
スターリンの時代のロシアでもそうだった。
人びとは従順だった。まるで家畜のように。
搾取されるのが当たり前の
封建時代のようではないか。
中世は、あまりにも悲惨な時代だったではないか。
だが現代においては、
西洋文明が栄え、「法の支配」がある。
「法の支配」は、それ以前に存在した
社会的不正を常態化し、かつ極大化した。
それが、「法の支配」がもたらしたものである。
世界のあらゆる国で、
指導者が法の支配をこよなく愛する一方で、
人びとにとってそれが災いでしかないとき、
我々は気付かなければならない。
我々の思考の中で、
国と国を分かつものを越えなければならない。
ニクソン大統領は、我々よりも
むしろブレジネフ書記長に共鳴していた。
フーバー長官は、我々よりも
むしろソ連秘密警察の長官に
はるかに共鳴していた。
法や秩序に対する国際奉仕の精神が、
世界中の指導者たちを、
まるで同志のような堅い絆で結んだ。
だから、我々は常に驚かされる。
彼らが一堂に会すと、必ず笑みを絶やさず、
堅い握手を交わし、仲良く葉巻をふかすからだ。
表で何と言おうと、彼らは本当は
最も共鳴し合っているのである。
では、我々は何を為そうとしているのか。
それは、多分、合衆国の『独立宣言』の理念、
目標、そして精神に立ち返ることであろう。
その精神とは即ち、不当な権力や、生存、自由、
および幸福の追求の権利を奪う勢力に対する
抵抗の精神を意味する。
したがってそのような状況下では、
現行の政府を改造または廃止する
中世は、あまりにも悲惨な時代だったではないか。
だが現代においては、
西洋文明が栄え、「法の支配」がある。
法の支配がもたらしたもの
「法の支配」は、それ以前に存在した
社会的不正を常態化し、かつ極大化した。
それが、「法の支配」がもたらしたものである。
世界のあらゆる国で、
指導者が法の支配をこよなく愛する一方で、
人びとにとってそれが災いでしかないとき、
我々は気付かなければならない。
我々の思考の中で、
国と国を分かつものを越えなければならない。
権力と戯れる者たち
ニクソン大統領は、我々よりも
むしろブレジネフ書記長に共鳴していた。
フーバー長官は、我々よりも
むしろソ連秘密警察の長官に
はるかに共鳴していた。
法や秩序に対する国際奉仕の精神が、
世界中の指導者たちを、
まるで同志のような堅い絆で結んだ。
だから、我々は常に驚かされる。
彼らが一堂に会すと、必ず笑みを絶やさず、
堅い握手を交わし、仲良く葉巻をふかすからだ。
表で何と言おうと、彼らは本当は
最も共鳴し合っているのである。
我々の為すべきこと
では、我々は何を為そうとしているのか。
それは、多分、合衆国の『独立宣言』の理念、
目標、そして精神に立ち返ることであろう。
その精神とは即ち、不当な権力や、生存、自由、
および幸福の追求の権利を奪う勢力に対する
抵抗の精神を意味する。
したがってそのような状況下では、
現行の政府を改造または廃止する
権利の発露が要請されるということである。
ここで強調されるのは「政府の廃止」だ。
法の外へ出でよ
しかし、『独立宣言』の理念を確立するためには、
「法の外」へと出なければならない。
殺人を強要したり、これまでのような富の配分を行うこと、
矮小な、厳格な法解釈のみでしか成立しえない罪を問い、
大罪を犯した者の罪を問わないことを求める法に
従うことをやめなければならない。
私の願いは、こうした精神の発露が、この国だけでなく、
他の国々でも起きることだ。なぜなら、どの国にも
必要な精神だからだ。
世界のあらゆる国々の人びとに、
国家に対する不服従の精神が求められている。
それも、抽象的なものではなく、
力と豊かさに溢れるものが。
そして、同じものを希求する世界中の
すべての国々の人びとが、
『相互依存宣言』のようなものを
行うことが求められているのだと思う。
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